Talking in the car, about their wandering ways.
起伏の激しい土地で車を運転するのは用心が要る。以前に坂道発進を失敗して10m近く転がり落ちた経験者として言わせて貰えば、どれだけ用心したって足りないくらいだ。
ただしそうだとはわかっていても慣れは実に悪魔的な存在で、安心を装って隙につけ込んできて破滅に導く。知っていても付いていってしまうのが人間の怖いところで、イカれた運転なんか楽しそうだろ、無邪気に誘ってくる。甘い認識と、隣に座った友人が。
そしてどっちかといえば、後者の方が手強かったりする。
「おい起きろ、家だよ」
サイドブレーキを引いたら相変わらずの手応えで、ささやかな音に満足。
それでもブレーキから足を離せないのは経験の賜物で、これを踏んでいればそれなりに安全だと知っているせい。
起きてるよ、とかなんとか不鮮明な返事で不機嫌そうに答えたショーンが、だるそうにセーフティベルトを外して、いかにもきゅうくつでしたという顔をする。
車内は空調が一定で、音楽もラジオもかかってない、ただの空間。二人と荷物。
ボブ、出し抜けに呼ばれた名前、伺うのを止めて堂々と振り向いた。
海色の透る目が、眠たさなんてまるで見せずにじっとこちらを指していて、うっかりどきっとさせられる、腹立たしいことに。
それを知っていてやってるだろうから余計に質が悪くて、意地とと羞恥に目が反らせない。
きっかり三拍の沈黙。
「……驚くなよ」
「はぁ? っ!」
忠告されたのに驚いた。
お陰で足をペダルから離してしまって、動揺するにも程がある。大慌てで踏み直すブレーキ、安定を取り戻す車。たとえそれが見せかけだけだろうと。
急に伸びてきた手に思わず引いた体はセーフティベルトに捕まっていて、完全にされるままに抱き締められた。
驚かないほうが無理な話だ。
それで、肩を掴んで押し返すには、引き剥がすには運転席が狭すぎた。
ぶつかる肘がハンドルにも窓ガラスにも鈍い音を立てて、ささやかに笑われる。
息だけで、口元だけで、見慣れているやり方で。
「ボブ、お前の運転、俺やっぱ苦手だわ」
もっとこう、跳ね上がったり遊んだりまわったり、うねうね走れないわけ?
掠れたような声が首に直接掛かって、ゆさぶられる脊髄。
できるわけないだろう、叫びそうにさえなる。心音が煩くて息継ぎもままならないというのに。
この街は上り坂も下り坂も多くてとても危険だ。生まれたときから知っている。生きにくい世界、歩きづらい道。でもそれでいいと知っている。
岸を覆う平穏なんて取り払っていい、安全な海も要らない、慰めも欲しくない。女神の加護だって邪魔なだけだ。
偉大なる大海原はいつだって身勝手に陸地を蝕んで取り込んで知らないふりをする。足元に触れて戯れに誘ってはあっけなく離れる。そんなふうに相容れないとわかっていて、でも離れられない。
そして、それで正しい。
するわけないだろ、取り繕った平静で答えたら深く息を吐かれてしまって、それより深く吐き返した。まったくばかなんだから。
お前も俺もばかなんだから。
「ショーン、暑苦しいよ」
だから、欲を言えば今でも隣に座る人が何年先も確かにここにいたらもっといい、狂い続けろとそそのかしてくれたらそれでいい。それだけを願う。
頬に刺さる彼の柔らかな髪を撫でてやって、自分もこれくらい素直に彼に抱きつけたらいいのに、せんのないことを悔やんだ。