Lukey's interlude (or interval.)
まるごと7年弾いていなくても、相変わらず体は覚えている。
聴衆の波と歓声と、耳に届くのはベースライン。
安定したその音にあわせて、この手で紡ぐ片面太鼓。
目を閉じれば、聴覚がすうっと白くなる。
シンプルな間奏だった。
何年もなんねんも、打つのを拒んだその音だった。
マリーがぎょっとしたのを見て、ひどくいらだたしく思ったのは事実。
バスのラウンジ、背の低いソファ。テーブルに散らばった紙と、転がる鉛筆。
ギターとベースがあった。
通りすがりのクリスに、バウロンを持ってくるように頼んでおいた。
「やめとこうよ、やっぱ」
ラインは知っているかと訪ねた先で、滑らかに間違いなく弾いてみせる辺りがさすがだなぁと思わせるのに、どうしても気乗りしない様子で、それも落ち着きなく入り口を気にしてる。
いらだたしいというか腹立たしいというか。
なんだその小心ぶりは、なんて罵倒したくなる。
「その割には完璧だな」
噛み付くみたいにあざ笑ってやる。寄りかかる背もたれ、沈み込む体。
手が勝手に弾きだすのはこの指で決して導くことのない主旋律で、この音は隅から隅まで知っている。
大御所と協奏させてもらったこともある。
ライブでほとんど毎回弾いている。
彼がいなくなった7年前まではあったはずの部分を、この7年間は落としてきた。
あの曲は不完全なままで、それでも、そのうち完全な形になれると信じて弾いてきた。
願いをこめて続けてきた。
「おちょくるな。仰るとおりだ」
両手を挙げて降参のポーズ。情けない目つきで、そうだよ練習したんだよ、簡単に肯定。
でも弾かせてくれなかったから、一生これは弾けないと思ってた。
すくめた肩に、彼の襟がゆがむ。
苦笑いに乗るため息、手を伸ばすコーヒー。バスはまだ走っている。
天井を見上げれば明かりが白く濁っていて、入り口のカーテンは揺れに合わせてひらひらして。
俺はダリルにはなれないからさ。
囁く声が転がり落ちた。小石みたいに簡単に。
見据える目の色が透き通った青色で、引き結んだ厚めの唇がくっきりと輪郭を保つ。
「俺は付属だから、彼を模倣することはできない。それさえ許されないと思ってる、俺は」
それで、それが正しいと知ってる。
その本心は波紋を呼んで、差し込む光に似た脆さ。
堅固な声には不釣合いな決心で、ショーンは笑いそうになるのを飲み込むしかない。
withとしか書かれないベーシスト。
底を支える人はこのバンドにはいなくて、彼の言葉を借りればその2人が「付属」で、そしてみんなが知っている。2人がいなければこの3人は拡散してしまう。
時間がちっとも進まない。
静かにしているお互いの得物。
「クリスにはOrdinaly Dayの間奏あげたから、マリーにもどこかあげよう、って」
ごとんとひとつ大きく揺れた、裾のめくれた入り口付近。
カップがガラスのテーブルに重くて、コーヒーはもう冷めた。
もう一度見据える。緩めた目元で。
「みんなで決めたんだよ。うちのベースにどこかあげようって」
キャノンじゃないけれど。昔からあったラインだけど。それを。もう一度引っ張り出して新しく作り直そうと決めた、二度と同じにはできないと認める、だから。
書き散らした歌詞と飲みかけのカフェ、動き出す時計に進むバス。
「もらってくれますか、ベーシスト」
進むしかないのなら進めばいい。
後戻りはできないのなら変わればいい。
忘れない、埋めない、絶対に同じにはならない。
だけどこの曲を完成させるために、ライブを完成させるために、自分たちが完全になるために。
引き結んだ口元が緩んで、マリーがうつむく。手を顔に当てて、ありがたくちょうだいします、奇妙な了解の仕方。
こぼれたため息触れた弦、バスのラウンジで。低く日が落ちていくなかで。
一拍だけショーンは笑って、吐いた息の続きで、クリスに声を掛けた。
話がつくまで待っていたドラマーに、彼にも少しだけ参戦するように告げる言葉を、緩めた口元のままで探して。
懐かしいあの音とはもうまるで違う。
このバウロンは変わらなくても、ベースそのものも弾き手も違う。それからなにより時間が違う。
音の感覚も意味も広さも、入れていた箱からあふれ出した。
拾い集めるのは不可能だから流れ出すそのままに追いかけ続ける、それで正しいと知っている。
なくしたものは取り返せなくて、埋め合わせるには繊細すぎる。
けれど全く同じものなんて作れないのなら、なくなってしまったそれを、別のものとして作り直すことを、今は選べる。
閉じた目を開く。
そこにあるものを知る。
約束どおりカウベルが鳴って、想定どおりの歓声に、してやったり、満足にショーンは笑んだ。
そしてこれが現在。