[文章] ボッコちゃん

Mar 02, 2012 23:13


ボッコちゃん
作家:星新一


そのロボットは、うまくできていた。女のロボットだった。人工的なものだから、いくらでも美人につくれた。あらゆる美人の要素をとり入れたので、完全な美人ができあがった。もっとも、少しつんとしていた。だが、つんとしていることは、美人の条件なのだった。

ほかにはロボットをつくろうなんて、だれも考えなかった。人間と同じに働くロボットを作るのは、むだな話だ。そんなものを作る費用があれば、もっと能率のいい機械ができたし、やとわれたがっている人間は、いくらもいたのだから。

それは道楽で作られた。作ったのは、バーのマスターだった。バーのマスターというものは、家に帰れば咲けなど飲む気にならない。彼にとっては、酒なんかは商売道具で、自分で飲むものとは思えなかった。金は酔っぱらいたちがもうけさせてくれるし、時間もあるし、それでロボットを作ったのだ。まったくの興味だった。

興味だったからこそ、精巧な美人ができたのだ。本物そっくりの肌ざわりで、見分けがつかなかった。むしろ、見たところでは、そのへんの本物以上にちがいない。

しかし、頭はからっぽに近かった。彼もそこまでは、手がまわらない。簡単な受け答えができるだけだし、動作のほうも、酒を飲むことだけだった。

彼は、それができあがると、バーにおいた。そのバーにはテープルの席もあったけれど、ロボットはカウンターのなかにおかれた。ぼろを出しては困るからだった。

お客は新しい女の子が入ったので、いちおう声をかけた。名前と年齢を聞かれた時だけはちゃんと答えたが、あとはだめだった。それでも、ロボットと気がつくものはいなかった。

「名前は」

「ボッコちゃん」

「としは」

「まだ若いのよ」

「いくつなんだい」

「まだ若いのよ」

「だからさ…」

「まだ若いのよ」

この店のお客は上品なのが多いので、だれも、これ以上は聞かなかった。

「きれいな服だね」

「きれいな服でしょ」

「なにが好きなんだい」

「なにが好きかしら」

「ジンフィーズ飲むかい」

「ジンフィーズ飲むわ」

酒はいくらでも飲んだ。そのうえ、酔わなかった。

美人で若くて、つんとしていて、答えがそっけない。お客は聞き伝えてその店に集まった。ボッコちゃんを相手に話をし、酒を飲み、ボッコちゃんにも飲ませた。

「お客の中で、だれが好きだい」

「だれが好きかしら」

「ぼくを好きかい」

「あなたが好きだわ」

「こんど映画へでも行こう」

「映画へでも行きましょうか」

「いつにしよう」

答えられないときには信号が伝わって、マスターがとんでくる。

「お客さん、あんまりからかっちゃあ、いけませんよ」

と言えば、たいていつじつまがあって、お客は苦笑いして話をやめる。

マスターは時々しゃがんで、足のほうのプラスチック管から酒を回収し、お客に飲ませた。

だが、お客は気がづかなかった。若いのにしっかりした子だ。ベタベタおせじを言わないし、飲んでも乱れない。そんなわけで、ますます人気が出て、立ち寄るものがふえていった。

そのなかに、ひとりの青年がいた。ボッコちゃんに熱をあげ、通いつめていたが、いつももう少しという感じで、恋心はかえって高まっていった。そのため、勘定がたまって支払いに困り、とうとう家の金を持ち出そうとして、父親にこっぴどく怒られてしまったのだ。

「もう二度と行くな。この金で払ってこい。だが、これで終わりだぞ」

かれは、その支払にバーに来た。今晩で終わりと思って、自分でも飲んだし、お別れのしるしと言って、ボッコちゃんにもたくさん飲ませた。

「もう来られないんだ」

「もう来られないの」

「悲しいかい」

「悲しいわ」

「本当はそうじゃないんだろう」

「本当はそうじゃないの」

「きみぐらい冷たい人はいないね」

「あたしぐらい冷たい人はいないの」

「殺してやろうか」

「殺してちょうだい」

彼はポケットから薬の包みを出して、グラスに入れ、ボッコちゃんの前に押しやった。

「飲むかい」

「飲むわ」

彼の見つめている前で、ボッコちゃんは飲んだ。

彼は「勝手に死んだらいいさ」と言い、「勝手に死ぬわ」の声を背に、マスターに金を渡して、そとに出た。夜はふけていた。

マスターは青年がドアから出ると、残ったお客に声をかけた。

「これから、わたしがおごりますから、みなさん大いに飲んで下さい」

おごりますといっても、プラスチックの管から出した酒を飲ませるお客が、もう来そうもないからだった。

「わーい」

「いいぞ、いいぞ」

お客も店の子も、乾杯しあった。マスターもカウンターのなかで、ぐらすをちょっとあげてほした。

その夜、バーはおそくまで火がついていた。ラジオは音楽を流しつづけていた。しかし、だれひとり帰りもしないのに、人声だけは絶えていた。

そのうち、ラジオも「おやすみなさい」と言って、音を出すのをやめた。ボッコちゃんは「おやすみなさい」とつぶやいて、つぎはだれが話しかけてくるかしらと、つんとした顔で待っていた。

おわり。

bunshou; hoshi_shinichi

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