リップクリーム
定住地を決めたことにより、私の行動パターンは一定化している。
ヴァルという幼子(まだ卵であるが)がいるのだから、一定のパターンの中にいることは有益だ。不規則な生活は体調や精神を崩しやすいのだから。
ともかくとして、私のパターンの中にはもちろん生活をするために必要な品物を買うためのお店も入っており、私はこの日食料品のほか身奇麗にするための化粧品も見ていた。
装飾や防御のための化粧というものは日焼け止め以外にしないのだが、スキンケアに関しては最近乾燥が気になってきているのでつけるようにしている。
秋も深まり、尚更皮膚の薄いところががさがさになってきたのでさてしっとりタイプの化粧水や乳液に換えようかしら? と思いながら化粧品を見ていると、ふとリップクリームのコーナーが目に留まった。
様々なパッケージがある。
潤いを強調したり匂いを強調したり、もしくは付属の効果を強調したり。様々な文字が目を奪う。
唇も乾燥でかさつくようになってきたので、買ってみようかしら? と思いながらパッケージを吟味(あくまで中身ではない。中身など付け心地や匂いなどの好みの差で用途は変わらないし、この時点で分からないのだから)していると。
ふと、やや小さめに強調してある文字が目に付く。
私は少しばかり悩むと、ほんの少し強調してあるそれともう一つしっとり潤う! と書いてある使いやすそうなリップクリームを取った。
家に帰ると荷物を置き、私は早速袋の中からリップクリームを取り出してパッケージを取り外す。
くるくると回し蓋をとると、ほんの少しピンク色に染まったクリームが容器の中に納まってる。
そう、私の目を引いたのは色のついたリップクリームであった。
普段まったく化粧をしないため、口紅をつける機会もない。
ゆえに子供向けとはいえ、ほんのりピンク色に染まる、という文字を見た時に少し乙女心がうずいたのだ。
鏡を見て指で唇にリップクリームをのせてみると、いつもの色よりほんの少し赤く唇が染まる。
それを見てほんの少し嬉しくなると、手先を洗って楽しい気分で買ってきた商品を区別するため袋の元へと向かった。
袋から商品を全て取り出して所定の位置に片付けると私はほうっと息を吐き、さて紅茶でも飲んで一息つこうかしらと台所へと向かう。
「――フィリアさん」
声をかけられ振り向くと、そこには獣神官がいた。
うわー、なんでいるのだろうか、と思いながら私は獣神官を見る。
「……紅茶でも飲みますか?」
どうせ、用もなく(あったとしてもヴァルの様子を見に来たのだろう)来たのだから来訪の理由を聞くのも面倒だなぁと思い、もてなすための言葉を述べた。
すると、獣神官は眉間に皺を寄せる。――せっかく罵倒しないでいたのに、なぜ不機嫌になるのだろうか? 罵倒して欲しいのだろうか? ドMなのだろうか?
不愉快になりどうしたのだと問いかけようとした瞬間、彼は私に近づき――。
「んっ!」
唇を塞いだ。
この獣神官とのキスは数えるのが面倒になるくらいにはこなしていたのだが、さすがに突然行なわれるのにはびっくりする。
驚きに目を開けたままで彼を見ていると、まるでリップクリームを拭うようにぺろりと舌で私の唇を舐め、離れた。
「~~っ、なにするんですか!」
そう叫ぶと、彼は淡く色づいた自分の唇を拭って、微笑んだまま私を見た。
「いえね、そのてらてら人口着色料のついた唇が不愉快でしたので」
人の楽しみを不愉快で片付けるな! と思ったのだが、よくよく考えてみるともしかしたらそのままの私のほうがいいという意思表示にも見えるのではないかしら? とも考えられる。
そう考えついてしまえば、この憎たらしいばかりの獣神官が無性に可愛く思え私は思わず笑った。
「フィリアさん?」
私の笑っている意図が見えないのか、獣神官は不思議そうに問いかける。
その様すら可愛らしく、私は色の落とされた唇で彼の唇に触れた。
『
二重世界』騒音様よりいただいた「四周年特別企画・先着リクエスト小説」です。
今回は「最後にキスシーン」というリクエストで執筆をお願いしました。欲望に忠実な私です(笑)
素敵な短編を有り難うございました!
(November 22nd, 2009)