そしてドンヘは一部始終を記憶に刻んだ。
原作:
Tracks That Lead Us (part 2) by drawingintheair
僕たちを導く走路 part 2 (3)最終章
すべてが今までとは違って見えた。
トレーニングセッションの間、ドンヘはヒョクチェの腕の配置の手直しをしてやった。
ヒョクチェの肌に触れる度、ドンヘの手の平は焼けるように熱くなった。
一方、ヒョクチェはドンヘがグラフを見ただけで答えを導き出せるよう、コタンジェントラインの説明に30分を費やした。
ドンヘは29分と40秒、ヒョクチェの唇を見つめていた。
ヒョクチェが微笑むたび、言葉を発するたび、その一つ一つの動作や音色に本来とは別の意味合いが帯びてないだろうか…。
ドンヘは探っていた。隠された思惑を。
ヒョクチェは到着地点bへと続くスロープなのだろうか?
ドンヘがそんな事を考えているなんてヒョクチェには知る由もない。
ドンヘは罪悪感に苛まれた。しかし止める事も出来なかった。
*
「あいつはゲイだな。」
「どうしてそんなこと分かるんだよ?」
口一杯にハンバーガーをほおばりながらドンヘは聞いた。
ファストフードを食べるのは2週間ぶりだ。好きなだけ食べたって構わないだろう?
「さあね。お前がゲイだってのも分かってたし。多分、俺にはもの凄いゲイダー*が付いてるんだな。」 *レーダーをもじったらしい
「俺はゲイじゃなくてバイだ!お前憶えてるか?お前が自転車から落っこちて膝をほんのちょっぴり擦りむいて、ギャーギャー泣きわめいた時のサマーキャンプ。あの時俺、あのライフガード(海岸監視員)が好きになったかもってお前に打ち明けたよな。だから分かっただけのことだろ?」
「まあね。でもあの時、そう言われて考えてみたらナルホドと合点がいったんだよ。」
ひとつかみのオニオンリングをバーベキューソースに付け、イェソンはコーラを一口すすった。
その目は細まり、眉は母親が洗濯機に放り込んだあとのドンヘのスニーカーみたいに強張っている。
「何で分かるのか俺にも分からないよ。ただ分かるんだ。あいつはゲイだ。」
イェソンには分かる。
それはある時、証明された。
「お前、イ・ソンミンを憶えてるか?」
自習室でイェソンはドンヘに耳打ちした。用心深く行動しているつもりだろうが、明らかに人目を引いて完全に失敗している。
「あのピンクの髪してたイカレ野郎?」
「まさにそいつ。昨日偶然出くわしてさ、そいつが隣町の私立高校に通ってる事を思い出したんだ。それでちょっと聞いてみたんだよ…。 あいつ、ヒョクチェのこと知ってたぜ。」
ドンヘはいたずら書きをしていた手を止め、好奇心をそそられて目を上げた。
イェソンは微笑んだ。
「ヒョクチェはソンミンの高校の生徒会長と付き合ってたらしいぜ。父親がどっかの社長だとかの。」
「ふーん。で?」
ドンヘはつまらなそうに尋ねると、いたずら書きに戻った。
「ソンミンは男子校に通ってる。」
ドンヘの鉛筆の先が折れた。
イェソンは意味ありげに眉毛を上下させ、自分の直感が正しかったことに嬉々としている。
イェソンの間抜けな笑顔をゴシゴシと拭き取ってやりたい衝動に必死でこらえながら、ドンヘは心の奥底で小さく銀色に光るものを見つけた。
希望。
*
「勝負だ!」
土曜日。ドンヘが時間通りに現れるやいなや、ヒョクチェはそう叫んで走り出した。
ドンヘは5秒フラットでヒョクチェに追いついた。
彼らのスニーカーが歩道を叩き付ける。その音はまるで音楽のようにドンヘの耳に響いた。
フォームや呼吸に若干の乱れこそあるが、ドンヘは久しぶりにヒョクチェのそばで落ち着きを取り戻していた。
ふたりの情熱がトラックを燃え上がらせ、その燃えかすは滑らかな砂となった。
やがてトラック中央のフィールドは大海原と化したが、彼らの足は決して水際に触れることはない。
ドンヘの汗は海から生まれる泡のような匂いがした。その泡はドンヘのこめかみから首元、つま先まで覆い尽くし、とうとう波のようにドンヘを巻き込んだ。
10周目にさしかかり、ドンヘは深々と息を吸い込んだ。そしてヒョクチェもまた、同じ場所で同じ匂いをかいでいた。
永遠とも思えるような感覚を覚えながら、ふたりはその走りを緩めた。彼らの肌は海水の飛沫のように瑞々しく輝いている。
ストレッチの後、ヒョクチェは観覧席に座ろうと言った。しかしドンヘは今寝そべっている心安らぐ砂浜のような走路にいたかった。
「何だか今日は楽しそうだね?」
ヒョクチェは言った。 そして飲み水の最後の数滴を顔に浴びせると、まるでバレエダンサーのようにつま先をピンと伸ばして脚をストレッチした。
唐突に、ドンヘの心臓はドクンと鳴った。 踊っているヒョクチェを見たい。
しかし言葉になったのはそれとは異なっていた。
「いつもつまらなそうに見える?」
「いや、そうじゃないけど。ただ、今日はいつもと違って見えるよ。」
ヒョクチェは言い直した。
ヒョクチェの髪は砂まみれのびしょ濡れで、彼がその華奢な指で、無意識にその髪を慎重に梳くのをドンヘは見ている。
その慎重さ、正気さを失ったら、ヒョクチェはどんな風になるんだろう…?
両手で髪をかき乱し、見捨てられたように己を見失うヒョクチェどんなだろう…?
ドンヘはヒョクチェの中の、何処だか分からない場所に囚われているように感じた。
そして砂浜をあちこちふらついた挙げ句、哀れなドンヘは海で迷子になる…。
「今日はいつもと違う気分なんだ。」
口の中はほろ苦い海水の味がする。
ヒョクチェは到着地点bへ続くスロープなどではない。
ヒョクチェこそがb地点で、ドンヘは自分の力でそこに到達しなくてはならないのだ。
*
今週、ドンヘは三角法の中間試験を控えていた。ヒョクチェが勉強の手助けを申し出たとき、ドンヘは断らなかった。
「おまえんち、いい感じだな。」
ドンヘはクリーム色の壁や品の良い調度品を見回した。高級感が漂っている。
ドンヘに飲み物をと開けた冷蔵庫は食べ物で一杯だった。ヒョクチェの家庭が、かつて想像したような生活保護を受けているのではなくて、ドンヘは安心した。
その部屋はいかにもヒョクチェらしい部屋だった。
清潔で、整頓されている。ぱっと見は気の利かない、面白味もない、飾り気のないような印象を受けるが、よく見ればあちらこちらに多彩な生活感が伺える。本棚の本からフォトフレームへと指をすーっと滑らせながら、ドンヘは無意識のうちにヒョクチェを成す細部のひとつひとつに至るまでの全てに見入っていた。音楽のコレクションには特に興味を惹かれ、レコードジャケットを裏返し、英語や日本語の意味を読み取ろうとした。
「ね、俺のレコードプレイヤー見たい?」
ヒョクチェはウキウキしてたずねた。今までに見たこともないくらいの無茶苦茶な笑顔で目を輝かせている。
立派なオタクに決定だ。
そしてドンヘは静かに悟った。
いつの頃からなのかもう分からない。でもきっと、もうとっくの昔から自分はヒョクチェに恋していたのだ。
「あ、待って。」
ヒョクチェはレコードをターンテーブルに置く手を止めた。
「勉強しなきゃな。」
いや、いいんだ。 この間A+を取ったんだ、とドンヘは言いかけたが、何とか舌を引っ込めた。
「前に比べると格段に分かるようになったよ。だから今夜は勉強しなくてもいいよ。」
この言い訳で、ヒョクチェは納得した。
ヒョクチェのベッドは彼の腕の裏側のように柔らかかった。部屋の音響効果は完璧だ。
ドンヘは自分の好きなパート以外の歌詞は聞き流し、ヒョクチェが曲に合わせて歌うのを聞いていた。
♪The highway's jammed with broken heroes on a last chance power drive. Everybody's out on the run tonight but there's no place left to hide…(♪ハイウェイはうちのめされたヒーローで埋まり パワードライブ最後のチャンスに今夜は誰もが走り出す けど、隠れるような所は何も残っちゃいない…) ‘Born To Run’ by Bruce Springsteen
そしてドンヘは、ヒョクチェが歌詞に合わせて踊る姿をこの白い天井に思い描いていた。
*
「どっちかっていうと夜ランの方が好きなんだ。」
ウエストをストレッチしながらヒョクチェは言った。
彼はまるで月明かりの中で輝く銀色の光のようだ。その足跡はトラックの赤いクレイ面に反射して透け、目に見えない。
風に煽られて邪魔にならないよう、ドンヘは靴紐を二重に結んだ。暗闇に何かが潜んでいるような気がする秋の夜。それは肌寒く、ドンヘの背中をゾクッとさせる。ドンヘは泥の付いたスニーカーがしっかり目に見える、暖かい夏の方が好きだ。
しかしそれについてドンヘは何も触れず、ヒョクチェには自分も夜ランが好きだと思わせておくことにした。
「疲れたか?」
4分の1マイルを走ったところで、ドンヘはヒョクチェをからかった。
ヒョクチェの激しい息づかいに微笑みながら、彼がもう少し頑張れるよう、ドンヘは自分自身を先へ走らせた。
ふたりは5マイルを並んで走りきり、最後にはスピードあげて全てのエネルギーを放出させた。
クールダウン後、ヒョクチェはバッグからミネラルウオーターを二本取り出し、ドンヘに一本手渡した。
ドンヘは偶然を装い、ヒョクチェの指に軽く触れた…。
「あの空には一体いくつあると思う?」
「星のこと?」
ヒョクチェの声に含まれる不思議そうな声に誘われて、ドンヘは上体を起こし、ヒョクチェに向き直った。ベンチにまたがったドンヘの膝は、トラックパンツを履いていなければ直にヒョクチェの肌に触れただろう。
ヒョクチェは夜空に向かって頭をかしげた。
「何十億個かな?きっと、もっとかも。そもそも宇宙の大きさがどのくらいなのか俺たちはほとんど知らないし、それから…」
微笑んで、ドンへはヒョクチェの口を人差し指で塞いだ。
「この質問に答えなんて無いんだよ。」
ヒョクチェの目はドンへの手から目へと揺らめいた。そして口元に当てられたドンへの手を掴むと下に降ろした。
ドンへの手は固まった。
「分かってる。」
ヒョクチェは歯茎を見せて笑った。
手を動かそうにも全く動かない。ヒョクチェから醸し出される熱とその視線がドンへを釘付けにしていた。
心臓は痛いほど激しく鼓動した。物事が起こる直前にピンと来る、そんな感覚に不意に捕らわれ、ドンヘは手を握られたまま微動だに出来ずにいた。
ヒョクチェの息づかいはとても小さく、動きはとてもわずかだったので、ドンへはそもそも自分たちがこれ程近くに座っていた事に気づいていなかった。
ヒョクチェの目は再び揺らめいた。その視線はドンへの目に、そして口元に移った。
こんな事は想定外だった。
バカなドンへは、’ヒョクチェは以前男と付き合っていた’という噂話をうっかり口にする。
ドンへはヒョクチェがゲイと承知の上で彼にキスをする。
するとヒョクチェはドンへの顎にパンチを喰らわす
…はずだった。
ヒョクチェは下唇を噛むはずじゃなかった。
人をうろたえさせるような、熱く語りかけるようなヒョクチェの視線で、ドンへの胃は今にも飛び出しそうだった。
ヒョクチェはドンへとキスしたい
…はずじゃなかった。
お互いの距離を縮めるのはそう難しいことではなかった。
二人の唇が合わさった時、歯が小さくカチ、と当たった。
痛くはなく、それはむしろこの出来事をリアルに感じさせていた。
ドンへはヒョクチェとキスしている事以外何も考えられなかった。
現実の世界ではそのキスはほんの数秒のことだった。
しかしドンへの世界では永遠に続いていた。
ヒョクチェは更に深く口づけたい衝動からか、唇を一瞬強く押しつけたが、すぐに離れドンへの頬にその頬を合わせた。
ドンへは痛いくらいの心臓の鼓動に飲み込まれて、微笑む余裕もなかった。
「おやすみ。」
ヒョクチェは声にならない声で、皮膚を通して短く告げた。 ベンチから立ち上がる時も彼はドンへを見なかった。
そのひとみの中には、ほんの少しどちらとも捉え難い表情があった。
ドンへはその足音を聞き逃さないよう、立ち去っていくヒョクチェをぼんやりと眺めていた。
ヒョクチェが観覧席の曲がり角にさしかかった時、ドンへは彼の肩越しにその微笑みを見た。
ドンへはベンチに倒れ込んだ。
見えないけれど、多分今の自分はあり得ないほど間抜けな顔をしていると分かっていた。 この寒さも、平日にもかかわらず夜中に出歩いていた事を叱る父親の怒鳴り声も、この笑顔を拭い去ることは出来ない。何も。
胸のドキドキがうるさくて、耳をつんざくほど激しく血が体内を駆け巡る。
そして世界は遮断される。
ファーストキスをする度に物事は全て最初から始まる。
そして世界は生まれ変わる。
*
ドンへが雲の上から転げ落ちたのは翌朝の8時だった。
彼は一時限目の教科書を用意していた。 にやけ顔は治まらなかった。 数分後までは…。
.
ヒョクチェとキスをした。
ドンへは
ヒョクチェと
キスを
した。
しかし科学の教科書を手に掴んだ瞬間、一種の不安がドンヘのみぞおちの中心に芽生えてきた。
ヒョクチェがキスしたかったなんて、自分の勝手なイメージだったら?
あの笑顔は気のせいだったら?そもそもあの出来事すべてがドンへの妄想だったら…?
保健室の心理カウンセラーに診て貰ったらどうか?と勧める一年生を無視して、ドンへは授業開始のベルが鳴るまで頭をロッカーに打ち付けていた。
午前の授業中ずっと、この一連の思考がドンへの頭から離れなかった。
もちろんヒョクチェは俺とキスしたかったんだ。
俺はドンへだぜ。俺はイケてる。
でも待てよ…?
ヒョクチェにしたら俺なんかどうってことないのかも。
だとしたら、あいつの方がおかしいんだ。
俺はみんなの彼氏だぜ?俺は最高に決まってる。
しかし、そんな強引な結論はそれほど気休めにはならなかった。
もしかしたら俺の息は臭かったかも知れない。
もしかしたら、あいつの唇をうっかり噛んじゃったかも知れない。
憶えてないけど、きっと噛んだに違いない。
あいつ、おやすみって言う前に笑った?それとも言った後だった?
あれって何時だったっけ?今何時?
腹がへった…。
あれは現実だったのか夢だったのか、
結局ドンへは答えを見つけられなかった。
*
「ここで何やってんだ?」
「何も。」
ドンへは吐き捨てるように言うと、学食のテーブルの端をへし折らんばかりの力で握った。
イェソンはゆっくり口の中の食べ物を咀嚼すると、自分のプラスティックナイフをドンへから出来るだけ遠ざけた。
「OK、 つまりだな、何でお前はトレーニングルームに行かないんだ?」
ドンへは顔をしかめた。
「今日、お前とふたりでウエイトトレーニングするって、さっきヒョクチェが言ってたぞ。大会もあるのにお前が今週初めにサボったからって。」
緊張がほぐれて、ドンへはテーブルを掴む手を緩めた。
「おまえとヒョクチェ、英語の授業が一緒なんだっけ。」
「ああ。しかしさ、あいつがチームに入るまで、あいつの事を知らなかったなんて不思議だよな。 しかも俺の隣に座るまでだぜ?」
イェソンは肩をすくめるとドアを指さした。
「15分遅刻してるぞ、行けよ。」
ドンへが動かないでいると、今度はイェソンが顔をしかめた。
「サッサと行ってやれよ。あいつクソ暑い中で汗だくになって、ヤバいことになってるぞ? まったくお前ときたら、あいつにすぐにでも…」
使用済みのトレーとゴミ箱をひっくり返し、ドンへは学食から飛び出していった。
おばさん達は皆ドンへを罵った。
イェソンはニヤリとして、再びサンドイッチに向き直った。
*
トレーニングルームまでの距離は今までで一番短く感じたが、いざ辿り着くと、ドンヘは入り口で動けなくなってしまった。
中に入りたくて堪らないのに。
ヒョクチェは部屋の一番奥に立って、鏡を見ていた。ダンベルを持つ手を曲げたり伸ばしたりして腕の筋肉を収縮させている。
その皮膚から突き出る、強く生き生きとした血管はなんて美しいんだろう…ドンへのみぞおちと下腹部が疼いた。
「おう。」
ハッとして、ドンヘはヒョクチェが自分を見ていることに気づいた。彼は微笑んでいる。
ドンへはようやくトレーニングルームに入った。
「遅くなった。」
ドンへは弱々しく言った。
ヒョクチェは最後の一回を終えてダンベルを置いた。
「いいよ。昼飯食べた?」
「いや。」
ドンへはそう答えたが、本当はヒョクチェに聞きたくて堪らない。聞いてもいいだろうか?
しかしヒョクチェはその隙を与えなかった。
彼は額の汗を拭うと、ドンへに体を押さえるよう言った。 ドンへは機械的に応じると、ヒョクチェが腹筋をする間、膝をたてて彼の足首を押さえていた。ドンへは普通、首に負荷をかけずに腹を引き締めて視線を一点に集中するようヒョクチェに言い聞かせる。 今日もそう言うべきなのに、ドンヘの舌は鉛のようになり、ひと言も発っすることが出来ない。
「大丈夫か?」
ヒョクチェは起き上がった。 彼の胸はドンへの膝に触れ、彼の手はドンへの手に重なった。
ドンへは咳をして何とか声を出そうとしたが、その声は救いようも無い、うめき声にしかならなかった。
ドンへにはもう耐えられない。ヒョクチェの気持ちを確かめなければ、もうこれ以上耐えられない…。
「俺、…」
ドンへの舌は喉に張り付いて、それ以上声にならなかった。
体は膝の位置まで乗り出して、ヒョクチェのくるぶしを握る手が強まる。
ヒョクチェを見つめる自分はさぞかし切羽詰まって見えるだろうが、そんな事はどうでもいい。 答えが欲しい。
しかしドンへはそれ程長く待たされなかった。
そして今日は一部始終を記憶に刻んだ。
ヒョクチェは一度まばたいて、目を細めた。
ヒョクチェはだんだん近づいてきてドンへとの距離はゼロになった。 鼻と鼻が触れた。
ヒョクチェは顔を斜めに傾けた。 そして喉の奥を小さく鳴らし、ドンへにキスをした。
ヒョクチェが
ドンへに
キスを
した。
それはまさに昨日のキスと同じでようであり、しかし全く違うキスだった。
依然、ファーストキスのようにドンへの心臓を激しく高鳴らせ、耳は聞こえなくなる程だった。
昨夜のキスがひんやりとした感覚だとすると、今日のキスは何か甘くて暖かく、ヒョクチェの唇はドンへの心をとろけさせた。
足首を掴んでいたドンへの手は徐々に上に滑っていき、その指はヒョクチェのふくらはぎに食い込んだ。
痛みを覚え、ヒョクチェはほんの少し呻いた。 そしてドンへの髪にそっと両手を差し入れた。
ヒョクチェは暖かさそのものだった。
まるで秋の中に入り込んだ初夏の浜辺のように、ヒョクチェは優しい光の波をたたえていた。
その唇に流れ込んだら、もう二度と抜け出せない。
ドンヘは一年中、この暖かい砂浜に座っていたいと思った。
(おしまい)
おつきあいいただき、ありがとうございました。