ウィーン

Sep 04, 2010 02:09

Title:ウィーン
Author: むいむい
Pairing:Viggo / Sean
Rating:PG-13
Disclaimer:They are not mine.
Warning:激甘
*Fiction in Japanese



ゴンドラの扉が閉められ、観覧車はゆっくりと上昇を始めた。
 係が気を利かせてくれたおかげで、結構な大きさの箱の中はヴィゴとショーンの二人きりだった。
 高価なスーツを着た、有名俳優たちの密談。まるで古い古い映画の一場面のような状況は、現実と虚構の区別が曖昧な役者たちにはぴったりかもしれない。
 たっぷりと髭をたくわえ、きれいになでつけた髪に三つ揃いを着たヴィゴは、役柄の「精神医学の祖」の如く、じっくりショーンを観察した。
 やはり仕事のために短く刈り上げた髪ときれいに剃った顎のラインのせいで、ショーンは意外なくらい若く見えた。床に目を落として、落ち着かない表情をしている様子は、重大なことがらを打ち明けなければならないが、怖くてためらっている若僧のようだった。(若僧なるが故に未熟で、そういう羽目に陥っているのだろう、という感じも含めて)
 口にしてしまえばそんな大げさなことではないのに、と、大人であり、人間心理の奥深くまで洞察できる気になっているヴィゴは思った。彼の用件は推測がついた。
 先日、彼らはちょっとした諍いをした。
 めったに会えないせいで、やりとりはいつも電話になるのだが、電話では言葉の行き違いがあっという間に取り返しの付かない傷になってしまう。今回はショーンが言いすぎた。彼が謝るべきだ、と、ヴィゴは頑なに思っている。
 だから、わざわざショーンがウィーンまでやって来ただけでは、彼を許してやらなかった。
 いつもなら、ショーンと顔を見合わせただけで、何もかもが溶けてしまうのに。

ゴンドラは、人が乗り降りするたびに止まりながら、ゆっくりゆっくりと上がっていく。
 木々の梢を超えたあたりで、ショーンはますます落ち着かなげに、身をよじった。
「どうしたの、ショーン」
 ヴィゴはわざとらしくたずねた。
 ショーンは黙って、強く首を振る。
 何かいつもと違うものを感じ、ヴィゴは本気でたずねる。
「ショーン?」
 ぎゅっと握った拳を口に持っていって、ショーンは一言答えた。
「……吐きそうだ」
 高いところが苦手なのはわかっていたが、そこまで極端だったとは……。
 ヴィゴはゴンドラの窓に寄りかかって青い顔をしているショーンに、そっと近づいた。
「ショーン?」
 立っている彼が倒れてしまわないように、抱きしめるように支えた。弱っているせいか、ショーンはおとなしくヴィゴの腕に体を預けてくる。
「ヴィゴ……」
 青い顔のまま、ショーンは言った。
「こないだの話は、おれが悪かった。だが、フットボールのことで議論になったら、そこで話してることは通常の人間関係を超えてるんだから、戦争だと思って普段の生活とは分けてくれないと……」
 先日の彼らの喧嘩の原因は、ワールドカップにまつわる、些細な、しかし重要なことがらだった。
 結局、ショーンは謝るつもりはなかったらしい。
 しかし。
 ショーンの厚みのある体を抱きしめているのは、理屈抜きで気持ちよかった。
 ヴィゴは「なあ、『吊り橋効果』ってのは、本当にあるのかな?」と、思わずつぶやいた。
「何だそれ?」
 そう問われてヴィゴは、さっそくこのところ勉強中の精神医学、その研究史、エトセトラ……から俗流心理学の知識を披瀝する。
「極限状態とか、危険な状態のときには、自分が恋してると感じる、っていう説……こんな高いところにいて、弱ってるショーンは、きっとおれに恋するだろう、ってこと。だから、こんな風に抱きしめられても平気なのかな、って」
 ショーンは目をつぶり、自分の喉の辺りを指した。
「うう……さっき食ったチョコレートケーキがこの辺まで戻ってきてる……」
 そういえば、彼らは三〇分ほど前に観光客があふれるカフェでザッハトルテを食べたのだった。
 今日の二人は「ウィーンでおのぼりさんらしく過ごそう」というヴィゴの提案で、いつもは行かないような名所を人目も憚らずに一緒に出歩いていた。ヴィゴが不機嫌を押し隠しているのがわかっていたショーンは、四の五の言わずに付き合っている。
「おれは構わない……」
 ヴィゴはますますしっかりとショーンを抱きしめる。いつもなら人前でこんなことをされるのは断固拒否のショーンだが、今日ばかりは、抵抗を示さなかった。
 少し間があって、ショーンはため息混じりに言った。
「『吊り橋効果』はないと思う……おれは、ただ、お前が好きなんだ……こんなに高いところに連れてこられて、ゲロ吐きそうになっても」
 観覧車はゆっくりと回転の頂点に達しつつあった。
 ほかのゴンドラから見えないのを確かめて、ヴィゴはショーンにキスをした。
 ショーンは目をつぶっって、キスを受けた。
 こんなところでキスをされても、いっさい逆らわないショーンに、ヴィゴは少し心配になった。
「ショーン? 本当に吐く?」
「……早く地面に戻りたい」
 ヴィゴはもう一度キスをした。
「こんな風に抱き合ってたら、係の人が変に思うかも」
 普段ならショーンが口にしそうなことを、今日はヴィゴが言ってからかう。
「おれは気分が悪いんだ、介抱されて何がおかしい?」
「じゃあ、遠慮なくこうしてるよ」
「ああ、離さないでくれ」

それから、地上に到着するまでの数分間、二人はずっと抱き合って、キスをしていた。



*Lady Vanillaのにけ様への捧げ物v
「ウィーン」「観覧車」「デート」の三題噺のつもりで書きました。
捧げ物ですので、ハッピー甘々保証。

RPS:ほぼ藻豆

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