A.S.A.P(Drabble)

Jun 16, 2011 04:45

Title:A.S.A.P
Author: むいむい
Pairing:Viggo / Sean
Rating:G
Disclaimer:It's not true.
*Fiction in Japanese



マナーモードにしていたセルフォンが、ぶるぶると振動している。
 ショーンはディスプレイに表示された名前をちらりと見たが、出ようとはしなかった。
 テーブルの上の小さな通信機械はなおも唸り続け、無視しきれなくなった彼は、ついに電話を手にとった。
「ハロー」
 切れていることを半ば期待しつつ、そう言うと、
『ショーン、「電話してくれ」って、メッセージを残したのに、どうしてくれないんだ? 無事なのか?』
 息せき切って畳みかけられた。
「無事って? ……ああ、あのことか」
 ショーンはとぼけてみせるが、相手は誤魔化されない。
『あんたのことだから、やせ我慢したんだろ……傷はどうなった? 化膿してないか? あと、顔は? まだアザになってるのか?』
 矢継ぎ早にようすをきいてくる。

昨日、パブでちょっとした騒ぎがあったのだった。ショーンの連れ(例によって、若い魅力的な女の子だ)が他の客に侮辱されたのをきっかけに、口論になり、相手が振り回した割れた瓶がガードに振り上げた腕に刺さった。ショーンは暴れる男を取り押さえようとしたのだが、拳がまともに顔にぶつかった。昔はそういうやつをあしらうのは日常茶飯事だったのだが、すっかり勘が鈍ってしまった。
 しかも、悪いことに、そんな冴えない顛末がタブロイドに載り、ネットで世界中を駆け巡ってしまった。
 ショーンは思わずため息をついた。
 若い娘の前で格好付け損ねたことは自覚していたし、俳優のくせに顔に跡をつけるようなことをした無謀もわかっていた。そのすべてが非難に値する、と、わかっていたのでヴィゴの電話に出たくなかった。あの男は、ショーンには結構厳しいのだ。

『なあ、ショーン……本当に大丈夫なのか?』
 電話の向こうの声の響きには、こちらを非難する調子はない。
 あるのは、純粋な気遣いだけだ。
「大丈夫だよ……心配性だな、ヴィゴ」
 言葉ではそう言いながらも、ショーンは思わず微笑んだ。
『あんたに関しては、心配性だよ』
 ヴィゴは真剣な調子で言う。
『髪の毛一筋だって、あんたが傷つくのはいやだよ』
「今朝、病院に行ったから、怪我はもう大丈夫」
『本当に?』
「ほんとうに」
 ショーンは相手には見えるはずないのに、腕まくりして病院で当てたガーゼを指さして保証する。
『さて、無事を確認したところで、お説教を始めようか--』
 ヴィゴは笑った。
『あのときは、おれがどこか怪我をするたびに、あんたに怒られてたのにな……』

彼らにとって「あのとき」は、ニュージーランドでの日々のことだった。
 あのとき--彼らの運命の映画、「ロード・オブ・ザ・リング」を撮影していたあの日々が、彼らを分かちがたく結びつけた。それは、いつでも彼らが帰っていく、魔法の時間だった。
 役にのめり込んで無茶をして、いつも大小の怪我をしていたヴィゴを、ショーンは叱りつけたものだった。

「おれがいくら怒ったところで、聞く耳持たなかったくせに」
 ショーンは、思い出してくすくすと笑った。
『おれは、うれしかったんだ』
 ヴィゴはうっとりとした声で言う。
『--あんたが気にかけてくれて』
「じゃあ、あのとき、そう言えよ……」
『そんな、「惚れてる」なんて、こっちから簡単に言うか』
 少ししゃがれたヴィゴの声は、思わぬ甘さを帯びていて、ショーンはどぎまぎする。
 あれから十年以上経ち、「親友」という呼び方以外の、様々なディテールについてはそれぞれの身勝手や妥協や不干渉をツギハギして彼らの関係は成り立っている。
 その始まりは単純なことだった。
『あんたはおれを気にかけてくれた……おれは、今でもあんたを気にかけてるよ』
 ヴィゴの言葉はやさしかった。
 ショーンは、「おれもだ」と言いかけて、不意に喉に声が詰まった。

『--ショーン、泣いてる?』
「泣くか……バカ」
 だが、自分の目がうるんでいるのをショーンは知っていた。
『会いに来いよ』
 ショーンは答えなかったが、ヴィゴはどこまでもショーンに甘かった。
『おれに包帯を巻かせろよ』
 その言葉に、ショーンの唇がゆがみ、こらえきれない涙がこぼれ落ちた。
 嗚咽がもれないように息を止めて、ショーンは階段を駆け下り、玄関のドアを開けた。
「ヴィゴ、今、どこなんだ?」
 そう呼びかけられて、ヴィゴはちょっと困った声を出す。
『さすがにロンドンにはいないよ』
「会いたいよ、今すぐ」
 駄々っ子のようにショーンは繰り返す。
「会いたいんだ……」
 そう言って、ショーンは初夏の夜空を見上げた。丸い月が輝き、庭のバラの香りが微かに漂っている。

「明日の昼、ビリャ広場のあのバルに行くよ」
 ショーンは、ひとつ鼻をすすって、そう、宣言した。
「その気になれば、おれだって、行きたいところに行きたいときに行けるんだ」
 この期に及んでも、「愛」とか「情熱」とか口に出すのは照れくさかった。
 その代わり、彼は、こう付け加えた。
「ヴィゴ……おれも、お前を気にかけてる」
 電話の向こうの彼が、微笑んだ気配がした。



☆なんかこのところ私が書くショーンは泣く率高い気がする……ま、自業自得だと思いますが(酷)
とはいえ、私が書くヴィゴはショーンに甘いので、どうしようもないです。
一生このままイチャコラしておけ、と。

RPS:ほぼ藻豆, Drabbles:超短編fic

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