An Actor(豆誕更新その2)

Jun 04, 2012 22:56

Title:An Actor
Author: むいむい
Pairing:Viggo / Sean
Rating:PG-13
Disclaimer:They are not mine.
*Fiction in Japanese


 そのホテルのバーの中には適度に客がいて、カウンターの隅にいるショーンたちに注意を払うものはいなかった。
 ヴィゴは、サッカー中継に熱中して、ワシントンの空港で警備員につまみ出されそうになった話をひとしきりきかせたあとで、「ああ、こんなに天国と地獄をいっぺんに味わう世界だったなんて、あんたに連れてこられるまでしらなかったよ」と、ため息をついた。
「--おれ?」
 意外なところで自分の方に話を振られて、ショーンは目をぱちくりさせた。
「サンロレンソに命を捧げてなけりゃ、こんなに胃の痛む数週間を過ごすことはなかったよ……。今なら、あんたがブレイズのせいで眠れないほどカッカしたり、携帯を放り投げたりした気持ちがよくわかる」
 ヴィゴの贔屓のチームは、二部降格の瀬戸際だった。
「ふふん、お前もようやく一人前だな」
 ショーンは笑って、ウィスキー&ソーダを一口飲んだ。
 二人が知り合ったばかりの頃、ヴィゴはショーンのブレイズへの忠誠心をいまひとつ理解せず、自分をほったらかして試合中継に夢中になるショーンを非難したりしたものだった。だが、その後、つきあいが長くなるにつれ、二人はお互いに影響しあい、色々なことを共有するようになった。車だったり、音楽だったり……そのうちの一番大切なもののひとつがフットボールだった。
「因果なもんだよ、フットボール・ファンてのは。心が安まる暇がない」
 ヴィゴは大袈裟に言ったが、ちっとも困ったふうではなかった。
「そのくらいで後悔してるのか、まだまだ甘いな」
 ショーンはからかう。
 ヴィゴは笑いながらグラスを傾け、それから、ふっと真顔にもどった。
「ねえ……ショーンは後悔してる?」
 唐突な問いに思わずショーンがヴィゴを見ると、ブルーの眼が心の底まで見抜くようにじっと見つめていた。
 ヴィゴはときどき、この問いでショーンを追い詰める。「自分を愛したことを後悔しているのか?」と。
 もちろん、ショーンは後悔などしていない。
 だが、なかなかそれをはっきりと言うこともできなかった
 それほど、ショーンにとって同性を愛するということは「ありえない」ことだった。そして、これまでのショーンは「ありえない」が「既にある事実」になったことを消化しきれていなかった。他人の身に起きたことであれば何とも思わないその事実が、それまでの自分を否定するようでできない。
 問いは何度も繰り返され、ショーンはその試練に打ち勝つことができなかった。
 今やヴィゴ自身、どうしてそうせずにいられないのか判らなくなっているのに、互いを傷つけるその問いをやめることはできないのだった。
 やがてショーンはゆっくりとしゃべりだした。
「迷わなかったか、と、言われれば、否定できない……」
 そこで、無意識に唇を舐める。
「……だが、後悔したことは一度もないよ」
「ショーン」
 ヴィゴはその答えに満足すべきなのかどうか、とっさに判断できずにいた。
 ショーンは微笑み、グラスに目を落とした。
「こないだ、おれは女装のゲイの役をやっただろう? あのとき、色々と考えたんだ……」

先日、制作が発表されたBBCのドラマで、ショーンはそれまで演じたことのない役をやった。
 昼はしがない教師、夜は艶やかなドレスに身を包んだ『トレイシー』になって恋を求めてさすらう男……。
 常々仕事をしたいと思っていたクリエイターからのオファーだったので、一も二もなく引き受けたショーンだったが、「女装のゲイ」という設定に、あとから抵抗感がわいてきた。
 「断りたい」という電話をかけたショーンに、クリエイターは、「ともかく一度、女装家の一人に会ってみて」と言った。
 指定されたスタジオに行くと、中年の女が待ち構えていて、「これを履いて」と、ショーンのサイズのハイヒールを差し出した。
「きょうびハイヒールを履かない女も多いけど、女装家が目指すのは『古典的な女』なんだから、履かないわけにはいかないわ」
 女性にしてはやさしい話し方、低い声でようやく「彼女」が男であることにショーンは気づいた。
 「ルーシー」と名乗る彼女は、自分のことをトレーナーだと言った。やわらかい物腰とは裏腹に、ルーシーは有無を言わさぬ威厳でその場を仕切った。そして、ショーンはハイヒールを履いて、スタジオの中を歩かされたのだという。
 ヴィゴは目を丸くした。
「で……歩いたのか?」
「まさか」

ハイヒールを履いてショーンが立ち上がった途端に、「前屈みにならない!」と、叱責が飛んできた。
 慌てて背中をまっすぐ保とうとするが、「反り返っちゃダメ」「爪先、開かない! O脚じゃなく、真っ直ぐに……ダメ、膝だけくっつけるのもダメ……内転筋を使って、真っ直ぐ」と、矢継ぎ早に注意される。
「こうよ」
 ついにはルーシーがぐっとショーンの腹と背中を手で押して、正しい形に持って行こうとする。
「頭……頭……頭……真っ直ぐに……真っ直ぐに……」
 ルーシーの指導は続く。
 疑義を挟む隙もなく、次々と飛んでくる指示に、ショーンは必死でついていこうとした。ただ立っているだけなのに、額にうっすらと汗が滲んでくるのがわかる。
「臀筋!」
 ぴしりと平手で尻が叩かれたが、不思議と腹は立たなかった。いつのまにかショーンは、この難題をクリアすることにやりがいを見出していた。
 数分間の苦闘の末、立ち姿はどうにか合格ラインになったらしかった。
「よし」
 ルーシーが満足そうにうなずいた。
「じゃあ、歩いて、ショーン」
 一瞬、ショーンは倒れそうになった。

ヴィゴは「ヒュー」と小さく口笛を吹いて、話を先に促した。
 さらにルーシーの厳しいレッスンは続き、どうにかハイヒールを履いて歩けるようになったときには、身体中の筋肉がきしむほど疲れきっていた。そんなショーンに、ルーシーは「どう、クロスドレッシングの役、できそう?」と、言った。
「--そのとき、おれは自分のことを恥ずかしく思ったよ、いや、女装が大変だからっていうことじゃなくて……そうやってまで『女になりたい』っていう気持ちはどこからくるんだろう、って、想像もしてなかったから」
 結局、ショーンは仕事を引き受け、監督と一緒に女装家たちにインタビューもして役作りに打ち込んだという。
「女装は楽しいよ……手っ取り早く別人格になることができるし。男なのに女になりたい男、っていうのは、普通に暮らしてたんじゃ想像しないキャラクターだから。それに、彼はドラマの中で……」
 そこまでショーンは言って、「おっと」と口を押さえた。
「なんだ、ネタばらしは禁止か」
 残念そうにヴィゴが言うと、
「楽しみはとっておいたほうがいいぞ」
と、ショーンはちょっとだけ笑い、それから、真顔にもどって続けた。
「それで、後から考えたんだが……ゲイの役に抵抗があったのは、自分のことが……その……何となくだけど……ばれてしまうような怖さがあって……」
「あんた、役でベッドシーンあっても平気だったじゃないか」
 ヴィゴに冷静に切り返され、ショーンはうなずいた。
「まあ、そういうことだな。反対に、人を殺したことなんてないのに連続殺人鬼にもなるし、一国の王にもなるわけだ」
「飛行機嫌いなのに、ベテラン機長もやるしな」
 ヴィゴの言葉にショーンが笑った。
「そうだよな。冷静になれば、そういうことなのにな……。よくよく考えたら、男と寝たことがある、ってことがバレても構わないかと」
 その言葉にヴィゴは少々ぎょっとして、ショーンを見た。
「うん……そうなんだ……別に身持ちの良さは売りにしてないし、私生活だから報告する義務なんてない。……だが、なんだか怖ろしかったんだ、だって、おまえとは、その……」
 そう言って恥ずかしそうに、ショーンは頬を赤らめた。
 ヴィゴはとっさには、ショーンの言いたいことが理解できなかった。ときどき、ショーンは言葉が足りなくて、わかりにくい。
 ちょっとの間、考えて、ヴィゴはあることに思い当たった。
「なあ、ショーン……こんなこと、知りたいと思ったこともないんだが……ひょっとして、おれ以外の男とは、その……」
 ショーンは子どものように首を振った。
「ねてない」
 そのままショーンは、ゴクゴクとウィスキー&ソーダを飲み干すと、お代わりを頼む。そして、次のグラスからひとくち飲んで、ようやく息を吐いた。
「おまえとしてることについて、実は、ずっと腑に落ちてなかった……いや、もちろんイヤとかいうことじゃなくて……むしろ、その……」
 ヴィゴとの行為ではショーンは受けに回ることが多い。というか、ほとんどと言っていい。ヴィゴはそのことを考え、その最中のショーンの我を忘れた様子まで思い出してしまい、慌てて弛んだ頬を引き締めた。
 だんだんショーンの声は小さくなる。
「おまえとの関係で、おれは女なのかな、とか、そんな風に思ったりすると落ち着かなかった……。ゲイって女みたいな男のことだと思ってもいたから、自分はそうじゃないと思ったりもしたし。だけど、今回いろいろあって、なんとなくわかったんだ、ありがとうヴィゴ」
 そう言って、ショーンは安心したように笑った。
 ヴィゴは次の言葉を待っていたが、それぎりショーンが黙っているので、
「--それで、何がわかったんだよ。言えよ」
 と、促した。
 ときどき、ショーンは言葉が足りない。人に理解させようという努力が不足しがちなのだ。そういうところは、自分の想いを伝えたいヴィゴとはまったく違う。
 ショーンは「えー……」と言って、照れくさそうに笑い、しばらく言葉を捜していたが、やがて、ぽつぽつとしゃべり出した。
「要するに、おれはおれなんだよ」
 なかなかショーンは、上手い表現が見つけられないようだった。
「あの……おまえと……まあ、そういうことがあって、女っぽくなったとかじゃなくて……それは、もとからそうなんだよ」
 ヴィゴは辛抱強さには自信があったので、じっと待った。
 ショーンはいつもの癖でちらっと唇を舐め、話を続けた。
「もとから、おれは男に抱かれることもあるような人間だったんじゃないか、って」
「おれだから、だったんじゃないのか?」
 ヴィゴは冗談めかして言ったが、寂しい気持ちは伝わったようだった。
「ああ……もちろん、おまえだからだよ」
 そう言って、ショーンはヴィゴの手を軽くぽんぽんと叩いた。
「でも、まあ、ヴィゴと会ったから、おれは本当の自分に会えた、って思う。それで全部じゃないんだが、気づいてなかった自分に気づいた、っていうか……そして、まあ、そのおれは、男もOKだけど女になりたいとは思わないような人間だったってことだよ。善し悪しじゃなくて、ただ、そういうこと」
 これまでヴィゴが知っていたショーンが、こんな重大な路線変更をさらりと告げるとは思いもしなかった。
 ヴィゴはすっかり感動してしまった。
「あんたに、そんなことまで教えてくれたなんて、『トレイシー』はすごいな……」
 手放しに賞賛されて、ショーンは満足そうにうなずいた。
「見たいだろ? --放送までのお楽しみ、だ」
「宣伝うまいな」
 二人は笑った。

「ところで、ショーン……こんなこと、あんたに頼んだことはないんだが」
 ヴィゴが少し改まった口調で切り出した。
「なんだ?」
「失礼なお願いなのはわかってる」
「言ってみろよ」
 ショーンは「何をいまさら」という顔で先をうながした。
「その……『トレイシー』に会わせてくれないか?」
 ヴィゴは好奇心が抑えられそうになかった。
「今……ここで……?」
 ショーンは目を丸くしたが、素早く店内を見回し、自分たちに気づいてる素振りの人間もなく、望遠カメラが狙うような窓もないことを確かめてにやっと笑った。
「いいぞ」
 そして、高いスツールの上できちんと背筋を伸ばし、脚を揃えて流した。それからさりげなくグラスをあげ、ヴィゴに笑いかけた。いつものショーンの笑みとは違う、唇の端を少しもちあげただけの微笑みだった。艶やかで誘うような、だが、薄幸そうな『女』の笑顔--。
 姿かたちは伸びすぎの髪にうっすら無精髭がのび、ジャケットとジーンズで普段のショーンなのに、その瞬間だけは紛れもなく別の人格、心が女で体が男の『トレイシー』があらわれた。
「わたしに恋したり、しないでね……」
 やわらかい声でそう言うと、トレイシーは淑やかに飲み物を飲み、グラスを置いた。
 たまらなく陳腐な台詞なのに、『彼女』にはとてもふさわしかった。
 ヴィゴはしばし、隣に座っている見知らぬ人物にみいっていた。
「さて」
 素に戻ったショーンの声に、ヴィゴは正気に返る。
「どうだった、ヴィゴ?」
「……彼には惚れないよ、やっぱりショーンがいい」
「わかっとるなら、よろし」
 そう言ってショーンが浮かべた笑みは、ヴィゴが大好きないつもの笑いだった。
 だが、実はその笑顔には、ヴィゴが思っているよりずっとたくさんのレイヤーが隠されているらしかった。



*すんごく遅くなりましたが、豆誕更新その2です。前の話の続きじゃなくてスミマセン。
いつにも増して捏造してます。
内転筋がわたしの中でブームです(どんな・笑)……で、ショーンがハイヒールで苦労しただろうな、と、思ったら、燃える男ショーンに萌えてしまって、書きました。ハイヒールで歩く訓練はでっちあげです、誰か、わたしに歩き方を教えて下さい(汗)
夏祭に向けて、ネタ繰りがんばります!

RPS:ほぼ藻豆

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