ラブマイナス

Dec 03, 2014 00:27



- Title: ラブマイナス
- Language: Japanese
- Rating: PG13 (mild slash alert)
- Pairing: KS/TT (the alfee)
- a disclaimer: Of course, it's all fiction.
- Summary: Inspiration from the song "LOVE-0="


「坂崎、赤で良かった?」
どさりと置いた紙袋から高見沢がワインの瓶を取りだす。
「うん、なんでも」
坂崎が台所から持ち出してきたのは、意外にも普通の何の変哲もないワイングラスだった。
「あれー、江戸とか明治とかのすげえガラス出てこないの?」
「そういうのは集めてしまっておくの。その時代に生きてたひとたちの記録を残しておく、みたいなの。使う用じゃないの」
「そういうもんか。ギターとは違うんだな」
ふたりとも、ヴィンテージのギターも状態が良ければ大切に弾く。それと趣味のコレクションは少し違うものらしい。
「冷えてる?」
「ああ、ちょうどいいくらいだと思う」

ワイン好きの高見沢が慣れた手つきでワインのシールを開け、コルクにコルク抜きを挿してすっと引き抜き・・・というほどスムーズにはいかなかったが、坂崎は猫の毛だらけのソファに身を預けて楽しそうに不器用な友の闘いを眺めていた。どうにかこうにか栓が開き、香りを確かめた高見沢がローテーブルに置かれたグラスにワインを注ぐと、ふたりはグラスを手に取り、なし崩し的に軽く掲げると飲み始めた。
ツアーにもレコーディングにも追われていない、ほんのつかの間の休息のような時期だった。桜井はひと時、穏やかな家庭生活に戻っているころだ。

坂崎が台所から適当に持ってくるツマミとともに、1本目のワインは簡単に空いてゆく。高見沢がさらに怪しくなった手つきで2本目の栓を抜き、何気ないいつも通りの会話とともに酒はすすむ。
坂崎はすでに膝にギターを置いてペースを緩めている。
少し口の軽くなった高見沢が、ちょっと悪戯っぽく問いかける。
「お前さあ、また別れたの?」
人形町の部屋に入り浸っていた頃の経験からか、部屋の様子を見ればなんとなく坂崎の女出入りを察することができた。
「うん、なんで?」
坂崎はギターに目を落としたまま平坦な声で答えた。
「なんでってさあ、お前さあ、早くない?」
「しょうがないよ、『もういい』って言われたんだから」
去られたというわりに、そこには悲嘆の翳も後悔の苦さも感じられないのだ。
「淡泊だなあ」
「そうか?」
坂崎はもうこの話題を終わらせたいとでも言うように、再びギターを爪弾き始める。
「そうだよ、お前はそういうところがわるい男だよ」
酒のせいも手伝って、つい高見沢は追及してしまった。
来るもの拒まず、去るもの追わずの坂崎の恋愛に対するスタンスは、高見沢にとってある種長年の謎であった。誰かを故意に騙すわけでも、二股をかけるわけでも、他人の女を横取りするわけでもないし、むろんワルを気取って食い散らかすような男ではない。しかしどこか真剣ならざる姿勢は、高見沢には「わるい男だなあ」としか言いようのない印象を残すことがあるのだ。
高見沢の言葉を聞いて坂崎の指が止まり、ネックを掴んだ左手が静かにギターを床におろす。

「高見沢、お前に会ったあの日から、お前以上に大切な人なんて、もう現れないんだよ」
可愛い顔、きれいな髪、それを裏切る負けず嫌いで不器用な性格。同じ音楽を共有する快感、線が細いけれど美しい声。時がたち、彼が書いた曲を弾き、歌うことができるようになった。人生でこれ以上のなにを、大切にすることができるだろうか?

坂崎は高見沢が座る二人掛けのソファに膝で乗り、高見沢の上に圧し掛かった。高見沢に詰め寄りざまに、坂崎は細いフレームの眼鏡を外してテーブルに抛った。カチリと独特の音がして、高見沢はその意味を悟る。

まるで恋のようなプロセスを踏んだ友情を、高見沢がこれまで吟味してこなかったわけはない。まだ走り出してすらいない頃、「俺は坂崎の夢に応えられるだろうか」と自問するその苦しみすら甘く感じられたものだ。愛と夢とが背反しない世界は、それほどまでに居心地が良かったのだ。それは今も変わらず、もう抜けることなどできない。あえて確認することなどなかったけれど、坂崎も同じだったのかと知れば、不覚にも胸が高鳴る。

坂崎の小さな目が至近距離から高見沢を見上げる。先ほどまでギターを爪弾いていた繊細な右手の指が高見沢のサラサラの髪を梳くように撫でる。高見沢の長いまつげが伏せられてゆく。かわいい奴め。

「坂崎ちょっと待って」
高見沢はまだ右手にワイングラスを持ったままだったのを思い出して、深紅の液体をこぼさないようにぎこちなく動きながら言った。まだ坂崎の体重がかかっているままで、なんとかテーブルか床に戻そうとする。すると坂崎の左手がさえぎるようにそれを取り上げる。
「お前にならこんなこともしちゃおうかと思うの」
坂崎は高見沢から取り上げたワインをひと口すすり、そのままひとのわるい笑みを浮かべたまま唇を重ねた。
流し込まれるワインをなすすべもなく飲み下す高見沢の背筋に甘い戦慄が走った。
つい続きを求めたくなるのと裏腹にすっと離れて、坂崎は少し赤みの増した唇をぺろりと舐めてから言う。
「ほらねえ、俺の愛は長続きするでしょちゃんと」
低くて少し乾いた、高見沢が好きな声だ。
「ああ、俺は幸せ者だな」
言いながら、高見沢はふわっと力を抜いてソファに身を沈めた。
「そうだよ」
軽い調子のようで真剣さの混じる坂崎の言葉に、高見沢は目を閉じたまま微笑んだ。

「高見沢」
坂崎はソファの下の床にちんまりと体育座りして言いだす。もうすでに眼鏡も掛け直している。
「今晩さ、俺のベッド使っていいから」
寝室のドアのほうをあごで指しながら何気なさを装って言う。
「俺はね、ちょっとネコに体調悪いヤツいるからさ、俺はここで寝るよ」
ぎこちなく言葉数が多くなる坂崎に高見沢はくすりと笑ってしまう。
バンドってやつは金か女(上品な言いかたをすれば経済か恋愛の摩擦)で壊れるのだとみな言う。俺たちはこれだけ同じものを大切にしているのだ。何を心配する必要がある?
「いいの?じゃあそうさせてもらうよ」
それでも坂崎の気づかいはちゃんと受け取っておこうと高見沢は思う。
「でももうちょっと飲むだろう?」
高見沢の美しい笑顔が坂崎のぎこちなさを溶かして笑みを誘う。
「じゃあ、最近買ったCD持ってくるよ」
CDをかけながらいつもどおりの音楽談義に興じて、結局はCDそっちのけで坂崎がギターを弾きつづける。そしてまるで青春時代のように、どちらからともなくそのまま寝入ってしまいソファーで朝を迎えた。

終わり

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