Outsiders

Oct 27, 2015 09:47



- Title: Outsiders
- Language: Japanese
- Rating: PG (Light slash)
- Pairing: Jim Prideaux/ Bill Haydon (TTSS)
- a disclaimer: Based on both movie version and novel version.
- Summary: About their younger days at Oxford.

それは土曜日の午後で、午前中の雨は今は止んでいたが、ジム・プリドーのトレーラーの周りの土を気が滅入るようなぬかるみに変えていた。土曜日なので授業はなかったが、答案の採点のために学校に出ていたジムが帰ってくると、そのぬかるみの中に見覚えのある男が佇んでいた。草臥れたトレンチコートはまだらに濡れて、足元は靴ばかりでなくツイードのスラックスにまで泥が跳ねているその男が、英国秘密情報部のトップであるなどとはよもや誰も思わないであろう。
男の姿を認めても、ジムは歩くペースを上げることもせず、何事もないかのようにトレーラーの扉にたどり着いた。

「何か用か」

自らの為したある行動が、いまやサーカスのトップの座に着いたジョージ・スマイリーにとって何らか問題であったとしても不思議はない。それでもジムは、その件について自分が責を問われる可能性はほぼゼロだと信じていた。それならば、なぜもう縁を切ったはずの組織のトップがわざわざ雨の土曜日にこんなところまで訪ねてくるというのか?

「ジム、実は『彼』の僅かながらの遺品のなかに、きみに届けるのが正当だと思われる品があってね」

スマイリーは何も書かれていない茶封筒をジムの目の前に突き出した。
ジムは無言で腕を突き出してそれを受け取った。封をあけることはせずに持ち替えて、ドアを開けがてらスマイリーのほうに振り向いた。

「何か飲むか」

「・・・いや、私はこれで」

もしもジムのトレーラーのなかの椅子に座り、スコッチの一杯でも飲むことになれば、出さざるをえないであろう話題をスマイリーは恐れているようだった。ジムにも引き止める理由はひとつもなかった。

それは一枚のポラロイド写真であった。色褪せたその写真は、その時何枚も撮った記憶があるけれど、間違えようがなかった。それは、もとはジム自身が所有していたものだった。所有していたというよりは、ひそかに隠し持っていたというほうが心情に近かった。
それはジムが遠い東欧の空の下で肩に銃弾を受け、生死の境を彷徨っていた夜に、彼の自宅にやってきたある男によって抜き取られたものだった。その男とは、ポラロイドにジムとふたりで映っている、今は亡きビル・ヘイドンのことだ。

ポラロイド写真のなかで、ラガーシャツを着た若々しいジムと、少しだけ先輩風を吹かせたように得意げなビルは、少し遅い青春を満喫するように肩を組んで笑っている。
この傲慢なまでに優雅で男らしく、美しいビルの顔に、銃弾を打ち込んだのはビル自身だった。そして、直接にではないが、このような湿った日には必ず酷い痛みをジムにもたらす肩の銃創を負わせたのは、ビルだと言って間違いではない。

この結末をジムはもうすっかり受け入れた積りになっていた、人生の全てに対して彼がそうしてきたように。しかし、その写真が見せるものは余りにも残酷だった。大学を卒業したてで、身も心も祖国のために全力を注げることの喜びに輝く二人の前途有望な若者たち。コニーをして"the inseparables"と言わしめた二人の絆。

しばらくポラロイドを眺めていたジムは、突然に、予期せぬ涙の発作に襲われた。写真を握りしめたまま、 どうすることもできずにベッドに腰を落とし、誰も聞くことのない嗚咽をあげて涙を流し続けた。

いや、二人は結局inseparableなままなのだ。一つめの銃弾は二人を引き裂くに足りず、二つめの銃弾は二人を永遠に結びつけたのだ。

「僕はきみに、本気で僕を求めて欲しいんだ」

ジムがもっともっと、あの時本気と信じた以上にビルを求めたら、ビルは祖国を裏切ることをやめただろうか。ジムの愛に満たされ、ジムへの愛ゆえに裏切りのない人生を選んだだろうか。否、それは自分の自惚れに過ぎないことを、年齢と、主に失意の経験を積んだジムは理解している。

ある日、講義を終えたジムのもとに下級生が来て、ビルから言付かったメモを渡された。
そのメモにはビルの流麗な筆跡で、その晩必ず独りきりで、彼の部屋に来るようにと書かれていた。
ジムの胸は不覚にも高鳴り、柄にもなく身なりに気を使って指定の時間にビルのフラットに出向いた。

ドレッシングガウンでジムを迎えたビルは、ジムのめかしぶりを目に留めてニヤリと笑った。

「何に期待して来た、ジム?」

ジムが自らを恥じ入ったことに、ビルの要件は 色気とは程遠いものだった。しかし、色事の誘いより遥かに強く、ジムを幻惑させるものであった。

「実は僕は、卒業したらさる機関に誘われていて、それをとても光栄なことだと思っている。もしもきみに興味があれば、次にきみを僕が推薦したいと思っている」

そう言いながらビルは、美しいカッティングが施されたデカンタからグラスにウィスキーをなみなみと注いでジムに手渡した。
自分用に注いだ酒を無造作に飲み干してから、ビルは「サーカス」と呼ばれる英国情報部についてジムに話した。ビルはすでにその組織の内部にかなり精通していて、すでに所属している人間のような話しぶりだった。

両親の都合で世界中を転々としながら成長してきたジムは、自らをなにかに強く帰属させたいという欲求を、主に大学のラグビーやクリケットに打ち込むことで満たしてきた。学生ではなくなるその先を見据えたとき、彼の実存を帰属させる先が「情報部」という真に愛国的であり、また冒険に満ちたものであることにたまらない引力を感じた。さらにそれを強くしたのはもちろん、ビルが推薦してくれるという一点である。

ビルは何不自由ない家柄と財力に恵まれて育ち、瀟洒で、頭が切れ、弁舌がたち、遊び人として有名だった。そんなビルが大学のグランドの隅で煙草をくわえたまま立ち、タッチラインを越えてチームメイトに祝福されるジムを眺めていたのが二人の友情の始まりだった。優雅なビルと武骨なジムは、正反対のようでいてどこかうまが合い、急速に仲良くなったのだが、その頃にジムが学生仲間から聞いた「あいつは両刀遣いさ」というビルの公然の秘密がジムをひそかに戸惑わせていた。

仕立ての良いツイードのスーツを着崩した胸元に目が吸い寄せられるたび、おさまりの悪い巻き毛を優雅な指が掻き上げるのを見るたび、ジムの身体は意思と関係なく疼き、ジムはビルの友情を自分が裏切ってはいないかと自責するのだった。しかしそのビルが人生の重大事に、一生を左右する出来事に自分を関わらせようと申し出ていることは、ジムにとって天にも昇るような高揚であった。

ただジムの理性にひとつだけ引っかかることがあり、ウィスキーをひと口含んでから口に出した。

「きみはそのような危険に飛び込まなくても生きられる身分だろう?なぜそのような決心をした?」

「家柄や親から受け継いだものではなく、自分の力で名を成してみたいのさ。それに、人生に退屈したくない」

いつも見せる余裕綽々の優雅な笑みとは違う、ぎらりとした目を見せてビルは言った。その時ジムは、高貴な生まれも男にとって負担になることもあるのだな、と感心し、またそんな面を二人きりの時にビルが見せてくれることを嬉しく思っていた。その時すでにビルは、ジムの目の前に提示して見せた、愛国心と冒険に満ちた人生すら、退屈し軽蔑していたのだろう。しかしその時、それにジムが気づけるはずはなかった。二人はしばらく、無言で酒を飲んだ。

「決心はついたか」

ビルはまるで週末の旅行かパーティーの誘いでもしているような気安い口調でたずねた。ジムが断ることなど万にひとつも予期していないように。

「ついたなら、寝室に行って君が望むことをしよう」

ビルは婉然と微笑みかけて、椅子に座るジムの後ろに回り込んで両腕をジムの肩に回し、顔をジムの頬に寄せた。
ジムは顔にサッと血がのぼるのを感じた。ジムが二人の友情のために隠そうとし、罪悪感すら感じていた恋情、あるいは肉欲を、もちろんビルは知りぬいていたのだ。
今さら否定しても何の意味もないことをジムは悟った。

「決心したよ」

ジムは胸元に絡まるビルの手に自らの手を重ね、静かに言った。
人生最大と言えるであろう決断を、こうして一人の男のゆえに決めてしまっても良いのだろうか?
良いのだとジムはこともなく思った。迷うことなどひとつもなかった。

「良かった。さあ、こっちに来いよ」
ビルは当たり前の返事を得たように簡単に答え、ジムの前に立って手を差し出した。
惹きつけられるように目の前の手を取ったジムは、おそらくは人生で最大の決断もすでに忘れたように、魅惑的な親友と肉体関係を持つ可能性に圧倒されていた。

ビルに手を引かれるまま、ジムはビルの寝室のベッドに倒れ込んだ。酔ったり勉強や議論に疲れたりして、このベッドでともに眠ったことは何度もあるというのに、その夜はまるで違う場所のように感じられた。ビルが最後に強くジムの手を引っ張ったせいで、ベッドに仰向けに身体を投げだしたビルの上にジムが覆いかぶさるようになり、ふたりの目が合った。

「どうする?上がいい?下がいい?」

わざと組み敷かれたような体勢を取って、ビルは真上から見下ろすジムに向けて言った。
ジムは突然に具体化した現実にまだ対応できないでいた。頭ではわかっているし、ビルにひそかな情欲をかきたてられることに自覚もあったけれど、女性経験すらほとんどない彼にとっては抜き打ち試験のようであった。

「まあ、強いて言うなら、僕はきみに抱かれたいね」

ビルはそれすらも彼の魅力の一つになっている、すれっからした男娼のような笑顔をジムに向け、そっと頬に手を伸ばした。しかし、ビルにとっても今夜は少し勝手が違った。暇つぶしでもゲームでも倦怠でもなく、ジムに触れられたかったし触れたかった。

「きみは本当に美しい。僕が望むすべてだ」

ジムはガウンの襟から覗くビルの胸元に顔をうずめ、その肌の匂いにくらくらとしながら告げた。
それからビルは今まで大学生活のほとんどのことでそうだったように、楽し気に、さりげなくジムを導いた。ジムが自分の肌を味わうのに任せ、次にはジムをベッドに横たわらせてその張りつめたものを口に含んでジムを恍惚とさせ、そのまま上に乗りあがって自ら腰を沈めた。

「僕はきみに・・・本気で・・・僕を求めて欲しいんだ」

肌もあらわに、汗と情欲にまみれてジムの身体の上で腰を振りながら、色っぽい吐息とともに吐き出されたその言葉が、まさかビルが滅多に出すことのない本音の言葉だと、一生一度のごとき真実だったと、ジムはその時自覚することはできなかった。ただ恋がかなった感激に、恋と友情との不可分な関係に飛び込んだ魅惑に、夢中になっていた。

ふたりは若い肢体を絡ませたまま昼過ぎまで眠った。
そして起き出したジムがラグビーの練習に出かけていくと、ビルは早速にサーカスでの上司に宛ててジムを推薦する手紙を書いた。

ジムは自然に涙が涸れるのを待つと、そっと立ち上がってウォッカの瓶を取った。そしてかつて愛した彼が選んだ遠い国の酒を、古いポラロイド写真にふりかけると、マッチを擦ってひと思いに火をかけた。簡易テーブルに乗った皿の上で、ビル・ヘイドンの形見は簡単に燃えてわずかな灰になった。
もう涙は流れなかった。

End

Previous post Next post
Up