Le Rouge et le Bleu

Oct 04, 2016 15:16

- Title: Le Rouge et le Bleu (赤と青)
- Language: Japanese
- Rating: R18 (slash)
- Pairing: Randou Yaguchi / Hideki Akasaka (Shin-Godzilla)
- a disclaimer: It's only slash.
- Summary: Before and after the attack of Godzilla.


第一部

政治家を志すものならば、いつか一国を預かる立場を望むのは当然のことであろう。
無論、権力が副次的にもたらす甘い汁のためにそれを求める者が多いけれど、ただ純粋に、おのれの能力の限りをこの国を良い方向に導くのにつぎ込みたいがために、権力を志向する者も少数ながら存在するのだ。

矢口蘭堂は与党の大物政治家であった父親から、山口県にある盤石すぎるほどの地盤を受け継いで当選した、絵に描いたような二世議員であったが、その経歴から予想されるものとは正反対の苛烈な性格であった。党内の腹の探り合いや人数合わせには全く興味を示さず、歯に衣着せぬ正論で周囲をうろたえさせた。それが批判されこそすれ失脚に至るほどのことがなかったのは、ひとつには亡き父親の威光、もうひとつには本人の熱いようで醒めているような不思議な人徳、そしてさらには水と油でありながら矢口に目をかけ続ける先輩議員の存在があった。

赤坂秀樹は矢口の3歳年上で、当選回数も1回分だけ先輩であった。官僚から矢口の父親の秘書官を足掛かりに政界入りし、 己の才覚と頭脳一本でめきめきと出世した。若手の中ではだんとつに頭が切れ、冷静な駆け引きの巧さは冷酷な男との評価を呼ぶが、本人はそれを気にする風でもない。

矢口と赤坂は矢口の父が存命であったころから顔見知りではあったが、互いを強烈に意識するようになったのは矢口が衆院議員に当選してからだった。赤坂は自分が1年生議員の頃、必死で周囲の空気と権力構造を読み取りながら食らいついていたのを思い出しながら、何に気を遣うでもなく悠然と言いたいことをいう矢口を興味深く観察した。しかし二世はいいよな、という皮肉めいた凡庸な評価は、自分が強烈に反駁される立場になってすぐに消え去った。本質を見抜くのが早く歯に衣着せぬ矢口と状況判断に優れバランスの良い赤坂、若く才能ある二人の論戦は、ある者には頼もしく、ある者には危なっかしく映ったが、それがピークに達したのは党内のある会議の席上だった。

矢口が、所属する派閥のナンバー2であり大臣を歴任する重鎮である東議員の意見に真っ向から対立したのである。初回当選の一議員が大臣にかみつくなど礼儀上もあり得ないことであったし、揣摩臆測が大好きな党員たちあるいは政治記者たちに派閥内の不和を疑われる恐れもあった。会議の席上では、老獪で懐も深く、矢口の父親とも親交深かった東が「矢口くんの威勢が良いのは悪いことではないよ、君の意見はしかと聞いておくから」などと場を収め、ぎくしゃくしつつも無事に終了を迎えた。
しかし会議が終わり党のお偉方が退席するのを見計らって、赤坂は猛然と矢口のほうに向かった。
赤坂はまさに扉から出ようとする矢口の肩をつかんで振り向かせ、襟首をとらえて正面に見据えた。
「自惚れるなよ矢口・・・!お前のせいで成立するものも成立しなくなったのが分からないのか!」
矢口は呆気にとられて白皙の顔をますます白くして赤坂を見たが、その瞬間赤坂の平手が矢口の頬を打った。

会議室に残っていた比較的若手の議員たちは騒然となり、矢口の同期で仲の良い泉が真っ先に二人のほうに駆け寄ってきた。
「赤坂先生・・・!何をなさって・・・」
狼狽して赤坂を矢口から引き離そうとする泉を、壁に寄りかかって打たれた頬を押さえたままの矢口が制止した。
「いいんだよ泉、僕のせいだ」
赤坂は何も答えず、矢口と泉とに背を向けて、呆然と取り囲む人垣をあとに立ち去った。
「赤坂さん、それでも僕は自分が正しいと思ったことは発言し続けます」
赤坂の背中に向けられた矢口の言葉は、振り返りもしない赤坂の言葉に報いられる。
「いいか矢口、お前の失脚は日本の損失だ。わきまえろ」
頬の痛みとその言葉が一緒になって矢口を刺し、心も体も熱くさせるようだった。
その時矢口ははっきりと、自分が赤坂に惹かれていることを自覚した。

党の若手が騒然とした平手打ち事件の後、矢口と赤坂の仲は不思議と悪化することなく、むしろ近づいたように見えたので周囲は拍子抜けしたくらいだった。相変わらず、公の席で矢口が言いすぎれば赤坂がたしなめていたが、二人きりで何時間も議論しているときがある、ちょっと近寄れない雰囲気がある、と噂された。お互い論争に容赦はなかったが、ふたりにとっては打てば響くような相手との議論は代えがたい快感だったのだ。

ある時、東議員の主催するパーティーがあり、その流れで側近のメンバーで銀座の高級クラブに繰り出したことがあった。 華やかに着飾った夜の蝶たちに囲まれて沈み込むようなソファで飲み慣れぬ高い酒を流し込む。元より矢口はそのような席が苦手で、かと言って断るわけにもいかず、酒を飲みながら周囲を観察していた。そもそも金と権力の匂いに敏感な女たちは駆け出しの1年生議員など相手にはしない。当然のように、いちばん高級に着飾った女たちを集めているのは東で、その周囲では取り巻きの初老の議員たちが鼻の下を伸ばしている。このような高級店では彼女たちの肌に触れるのはご法度のはずだが、国家権力と金回りのなせるわざなのか、女たちの肩や腰に手を回したり、醜い酔態を呈してドレスの胸元に手を伸ばすような者もいて黙認されていた。

少し離れたテーブルに目をやれば、赤坂が若さに似合わぬ数の女たちに囲まれていた。若くてきれいな、野心的な感じの女たちを、スマートな男の色気と巧みな話術で楽しませる赤坂を見やりながら、矢口は苦々しくグラスのウィスキーをあおった。見なければ良いのにな、と思いながら赤坂を眺めていた矢口は、彼が女たちに指一本触れないことに気づいた。赤坂のことなので、下品な噂で足元をすくわれぬようにとの配慮なのかもしれないが、酔いの回ってきた矢口には赤坂の潔癖さがたまらなく思えたのだ。

赤坂がトイレに立った時、矢口は怪しまれない程度の間を開けて立ち上がり着いて行った。煌びやかな雰囲気と強い酒に幻惑されている自覚はあったけれど、止めることは出来なかった。
男性用トイレのドアを開け、黒いタイルと金縁で飾られた、こんなところまで虚飾に満ちた空間に入ったとき、矢口は赤坂に追いついた。振り向いて、おう矢口、と言いかけた赤坂を、矢口は咄嗟にタイル張りの壁に追い詰めた。
「赤坂さん、モテるじゃないですか」
ぐっと距離を詰めれば、赤坂のスーツに移った女たちの香水の匂いが矢口の鼻をくすぐった。
「なんだ矢口絡み酒か?お前も適当に楽しめばいいじゃないか」
矢口は自分より少し小柄な赤坂の身体に覆いかぶさるように壁に押し付けて、秘密を暴くように耳もとに唇を寄せた。
「そんなこと言って赤坂さん、全然楽しんでいないでしょう?彼女たちに指一本触れないし触れさせないの、僕知ってるんです」
赤坂はぞくりと肌が粟立つのを感じた。流されるわけにはいかない、と理性が主張する。
「赤坂さん、僕になら触れさせてくれませんか?」
崖に立った人物の肩を押すように、矢口の声が耳に流し込まれる。
思わず赤坂は矢口の顔を見上げてしまい、その瞬間矢口の唇が押し付けられた。ウィスキーの香り、そして白粉と香水の幻影をかき消すように性急でまっすぐな口付け。眩しさに怯むように緩んだ唇の間から、舌を差し込まれ探られ吸い上げられる。つい自分から求めるように舌を絡めると、矢口がにやりと笑うのが分かった気がした。いつの間に気づかれたのだろうこの想いに、本心を隠すのは何よりも得意技では、なかったのか。
赤坂の身体の力が抜けてきた頃にやっと唇を離した矢口は、衒いもせずにその切れ長の目を真っ直ぐに向けてきた。眩しい、人の気も知らないで。
「やめろ・・・蘭堂」
矢口の美しいファーストネームを口にすること自体が負けを認めているのと同じことは赤坂にもわかっていた。
そして名前で呼ばれて、矢口の血が沸騰する。制止の言葉に凄絶な色気がにじむほどに、赤坂の唇が赤くなっていた。
細い銀縁の眼鏡の奥の怜悧な目と肉感的な唇とのギャップがさらに矢口を煽る。
「やめて欲しくないでしょう」
上背を利用して見下ろすように、あえて強い言葉で言い放つ。やめたくないのは僕のほうだけど、と思いながら。
強引な物言いは議論の時と同じで、その生硬さが抗いがたい魅力であることも赤坂にはわかっていた。
しかし負け戦をこれ以上悪化させるのは食い止めねばならないのだ。
「だめだ、お互いまだ夢半ばだろうが」
目を伏せて、押し殺した低い声で赤坂は言った。半分は自分を納得させるためだった。
しかし矢口は怯むどころか意に介しなかった。
「だいたいそんな顔で席に戻れますか」
矢口の凄みのある声が耳もとで決めつける。
赤坂の肩を抱いたまま男子トイレから出た矢口は、ボーイにタクシーを頼み東議員の秘書を席から呼んだ。
「すみません、赤坂先生ちょっとお加減が悪いようなので、お家までお送りしてきます。・・・大丈夫だと思います、どうもご過労にお酒がよくなかったみたいで」

いいように矢口にタクシーに押し込まれ、赤坂は溜息をついた。
「人生狂うぞ」
「もう狂ってます」
矢口はひっそりとタクシーの後部座席で赤坂の左手に右手の指を絡めた。
タクシーは赤坂の自宅ではなく矢口のマンションの前に滑り込む。

要塞の扉が開くように二重のオートロックが解かれ、防犯カメラ完備のエレベーターではキスしたい悪戯心をなんとか抑え込み、矢口は自室の鍵を開けドアを引いて先に赤坂を入れた。
ベッドルームまで待てないなんて我ながらどうかしていると思う。
矢口の白く長い指が赤坂の髪を梳き耳に触れうなじに回り、親指がすっと唇を撫でる。
「赤坂さん、タクシーの中でずっと何を考えてましたか?僕にどうされたいと思ってましたか?」
撫でられた唇を半開きにして上目遣いで矢口を見る赤坂の姿を、議場での憎たらしいほどのポーカーフェイスと頭の中で重ねては興奮した。
「お前に抱かれたいなどと本当にどうかしてると思うがな」
赤坂はまだきっちりと締められたままのネクタイに指をかけて緩めた。
「じゃあ、どうかしてて下さい」
矢口は緩んだネクタイとワイシャツの隙間の肌に吸い寄せられるように口付け、それを合図に奥のベッドルームに赤坂を導いた。もつれ合うように倒れこめば、赤坂が下から嫣然と微笑む。
矢口は脱いだ背広を後ろに放り投げながら膝をついて赤坂に覆いかぶさり、少し緩んだネクタイを一気に抜いて胸元をさらに開く。
もう一度口付けて肌を味わう前に赤坂の顔を正面から見据えた。リビングから流れ込む薄明りに赤坂の整った輪郭が浮かび上がっている。
「赤坂さんは僕のことが好きなんですか?」
赤坂の眼鏡をすっと外してベッドサイドに置きながら問う。
好きだとか愛してるとかいうのとは違うと赤坂は思う。赤坂には矢口が眩しいのだ。その光で焼き尽くされたい衝動に駆られては、それでは元も子もないと思い止まる。それならば身体だけでもと思うようになったのはいつからだろうか、それも十分に常軌を逸していたが、一緒に政治生命を失うよりはずっと良いだろう。
「好きとかじゃない、興味はある」
「僕は赤坂さんのこと好きですよ」
「軽く言うなそういうの」
赤坂の苦味を噛み締めたような言葉は、シャツの前を開けられあらわになった首筋に落とされる噛み付くようなキスに阻まれる。噛まれて舐められて思わず身が竦んだ。
「かわいいなあ…怒らないで下さいよ、あなたは本当に美しいんだから」
矢口は赤坂の身体を愛でるように撫でた。
すでに裾を引き抜かれたシャツを剥ぎ取りながら素肌あらわな赤坂の身体を抱き寄せる。すでにその中心が緩やかに反応しているのを感じ取り、矢口の指がスラックス越しにそこをなぞる。
腰を引くよりは先を求めるような動きに気を良くして、矢口はベルトを外しスラックスとボクサーを一気に脱がせた。隙のない締まった身体つき、艶のある肌、スーツの鎧の下の秘密を見出す悦びに矢口は無意識に唾を飲み込む。こんなに自分から人肌に触れたいと思うなんていつぶりだろう、矢口は無造作に自分の衣類も脱ぎ捨てた。肌と肌を重ねて押し付ければ痺れが走るようだった。
内腿を撫で上げ、反応を楽しむように赤坂のものに指を絡めて握り込む。見上げれば枕に頭を擦り付けるようにしながら、眉根を寄せて流されまいとする赤坂が目に入る。もっと乱れて欲しくなる、議論している時でも赤坂が挑発に乗って冷静さを失いかける瞬間が大好きなのだ、そんなことは滅多になかったけれど。
それならば、と矢口は利き手でベッドの下を無造作に漁り、ローションの容器を探り当てた。
その気配に赤坂が目を開いて見咎める。
赤坂としては、なんでそんな物の用意があるのかと問いただしたくもなる。
「お前…そんな乱れた生活してるのか」
「そんなことないですよ、乱れただなんて人聞きが悪いです。僕はただ男の人でも女の人でもあまり気にしないだけで」
こともなげに言って矢口はローションを手に垂らすとぬめる片手で勃ち上がりきった赤坂の中心を扱くようにしつつ、もう片手の指を後ろに滑らせた。
「はあ…っ」
堪えきれず赤坂の唇からせつなげな吐息が漏れた。
気を良くした矢口はこの機を逃すまいと指を侵入させる。
「あ、あ、ああっ」
赤坂は身体を震わせるが、その声は甘さを含み中心の質量は確実に増していて、気を良くして矢口はさらに赤坂を煽る。
「どうして欲しいですか?舐めて欲しいですか?それとも指を増やしてほしい?」
矢口の口数が多くて歯切れがいいのは今に始まったことではなく、官僚たちの早口に負けずと劣らぬテンポの良さにはたまに赤坂とて聞き惚れてしまうほどだったが、こんな状況で矢継ぎ早に問われてもなす術はない。
「そんなこと、聞くな…」
じゃあ、どちらもで、と矢口は舌先で先端を舐めたかと思うと一気に口に含んだ。そのまま舌を絡めたり吸い上げたりしながら、じっと赤坂の顔を見上げる矢口の据わった目つきに赤坂の理性や意地が壊れてゆく。
「あ、矢口、お前・・・」
目が合った矢口の頭に赤坂は手を伸ばし、この職業にしては無造作に伸びた髪の毛をつかみ、押し付けるように力を加えた。
急に赤坂のものが喉にあたってむせ込んだ矢口は一度赤坂を開放した。
「ひどいなあ。そんなにいいならそう言ってくれればいいんです」
求められて新たに火が付いたように、矢口はふたたび前と後ろから赤坂を追い上げた。
「もうイッていいですよ」
言われなくてももう身体のコントロールが効かなかった。

快感が退いて身体の震えがおさまるのを待って赤坂が目を開けると、赤坂が放ったものがついた指を舐める矢口が視界に入って眩暈がした。その手がそのまま汗ばんだ肌に触れる。
「赤坂さんの肌がこんなに熱くなるなんて、ちょっと想像もできないですね」
ひとを冷血漢みたいに、と思うがもはや反論もままならない。
もちろん赤坂は、ここまで来て矢口がまだ自身を開放するどころか触れてすらいないことに気付いていた。
「矢口、来るなら早く来い。俺の気が変わって帰らないうちにな」
挑発する口調に倦怠感が混じって滲む色気に、矢口も生唾を飲み込む。
「そんなに欲しいですか僕が」
強がりで負けずぎらいな台詞を応酬しながら、余裕などないのはどちらも同じであったし、互いの減らず口が好きなのもこれまでの二人の付き合いから自明のことで、まるで共犯者同士のようなカタルシスをもって身体を繋いだ。

「ねえ赤坂さん。もう一回呼んで?蘭堂って」
矢口は眉根を寄せて堪えながらも甘い吐息を漏らしづづける赤坂の頬に手を添えながらささやいた。いつも憎たらしいほどに整えられている前髪も乱れて悩ましく額にかかっている。
そう言う間も矢口は小刻みに突き上げる動きを止めることはない。
俺はもうこの先この駄々っ子に翻弄され続けるのだろうか、ふと赤坂はそう思ったが、さきほど達したばかりだというのにまた絶頂に向かいつつある快楽はそれこそがお前の望みだろうと脳髄にささやいてくる。
そうだ、そうかもしれない。
「ら、蘭堂・・・もっと奥までくれ、お前を」
ずっと赤坂を見下ろしている矢口の瞳が、暗がりでぎらりと輝いたのを見た気がした。
その先は二人ともあまり覚えていなかった。

明け方に目覚めた赤坂は、夜明け前の青い光の中でシャツを羽織り前夜のままの服を身に着けた。その気配を感じた矢口は一度起き上がって枕元の携帯電話を手に取り、寝惚けた声で言う。
「タクシー呼びましょうか・・・赤坂さん一度着替えに帰らないと」
「大丈夫だ自分で呼ぶから」
まだ寝てろという前に矢口はシーツに沈んでいった。
赤坂は寂しさと愛おしさの混じった眼で矢口のあどけない寝顔と真っ白な肢体を見た。
後悔はなかった。どちらも望んだことだったのだ。
自分が傷つくのは構わない、矢口は強い男だ、そう思うそばから偽善だな、と自嘲する。
マンションのドアがほとんど音もたてずに閉まった。

数日後、矢口は議員会館の喫煙所で、赤坂から近々結婚することを知らされた。
「だから・・・やめろと言っただろう」
赤坂の声はすべての感情が抜け落ちたように無味乾燥に響いた。
矢口は赤坂を責めるよりも自分の浅慮を責めた。
「そう・・・あなたは悪くない・・・お幸せに」
矢口は火を点けたばかりの煙草を灰皿にもみ消して背を向けた。
赤坂の目に、矢口の広いが華奢な背中が痛々しく映った。
眉間を強く押さえて俯いた赤坂は、追い縋りたい衝動を必死で抑え込む。
お互い、まだ、夢半ばだ・・・。
矢口、この世界でお前を守るためなら俺はなんでもやってやろう。
そのために俺は、この世界で生き残らなくてはいけない。

第二部

矢口が練馬の駐屯地から立川の臨時内閣に戻るのは翌日の朝の便と決まっていた。
ヤシオリ作戦の後、自衛隊の医師らに放射線の影響も含め健康面のチェックを受けていた矢口を、立川から迎えに来たのは赤坂で、しかも単身だった。
矢口自身、立川に戻ればゴジラ凍結後の対応や今後のための分析、被害の算定など仕事が山積みなことは理解していたし、非常事態とはいえ年齢に見合わぬ重責に身の引き締まる思いではあった。
しかし、どこか心に大きな穴が空いたように感じていることもまた、認めざるを得なかった。
それはゴジラという人知を超えた巨大な力と対峙したあとの虚脱感であり、自らの指揮下で犠牲となった自衛隊員や市民に対する申し訳なさから来る自責の念でもあった。
我ながら締まらない顔色をしているな、と鏡の中の自分に自嘲しつつ、赤坂に会うのだと思えば自動的に平時と同じ身支度をする
糊の効いたシャツにネクタイ、激務の日々に伸び切った髪の毛はやけくそのようになでつけた。
赤坂は、作戦後に矢口がカヨコに話したことーーー「政治家の責任の取り方は進退だ」ということをもうどこかから聞いているだろうか。引き留めに来たか、それとも首を斬りに?

自衛隊機のタラップから降りてきた赤坂は、矢口の隣に来ると挨拶のように「ご苦労」と短く言った。しかし短い言葉の中には労いと温かみが滲んでいて、思わず矢口は教師に認められた生徒のような、兄に認められた弟のような感情を抱きかけた。
しかし赤坂は矢口の感傷に一時の暇も与えず、すぐに未来の話をした。赤坂がする未来の話というのは政局の話だった。どんな状況だろうが、誰かがそうしなければこの国は動かないし、赤坂はそれができる人なのだ。矢口が今まで真っただ中にいながら見て来なかった世界について語る赤坂が、矢口には少し大きく見えた。
ゴジラを凍結してから穴の開いたようだった矢口の心は、赤坂と話すうちに少しずつ現実に戻って行った。赤坂のヴィジョンに入っているらしき自分を、信じてみようかという気になったのだ。

その夜、矢口の誘いで二人はささやかな食事会をした。
赤坂がその晩泊るホテルまで、郊外の道を街灯に照らされながら二人きりで歩く。
「核攻撃のリミットまで、1時間を切ってたんだぞ」
最後にそう種明かしをして笑う赤坂を見て、矢口は彼がタイムリミットを伸ばすためにどれだけ奔走してくれたのか、ということを痛感した。
「ありがとうございました」
思わず矢口は頭を下げた。
多くを問うことはもうするまいと思えど、矢口は赤坂が背中を預けるに値する男であることを充分にわかっていた。赤坂にとっても自分はそうあれるだろうか?
政治の世界に入った時から、頼れるものは己独りであると当然のように思ってきた。その根本は変わることがないとしても、彼に対する特別な信頼を認めていけないことがあろうか。
初めての感情に動揺する矢口の前で、赤坂の眼鏡の奥の目が気遣わしげに伏せられる。
「矢口、もう少し自分を大切にすることを覚えろ」
立ち止まった二人の、街灯が作り出す影が長い。
「本当のところは、お前が心配でどうしても顔が見たくて飛んできた」
赤坂は敢えて目を逸らして低い声で言った。種明かしなど本意ではなかった。しかし矢口を目の前にして、駆け引きなどは意味なく思えた。
矢口の目が見開かれる。
「赤坂さん、今なら僕のものになってくださいますか」
矢口は夜道の真ん中なのも構わずに赤坂を抱き寄せた。
ーーー今ならも何も、ずっと前から俺はお前のものだ。
赤坂はそう思ったが口には出さなかった。
「今回のことで・・・俺も少しはお前のように、好きに生きてみようかと思うようになった」
矢口の肩越しに練馬の飛行場の灯りが見える。その向こうの世界から逃げるわけには行かないけれど。
「おっしゃるほど好きなように生きてないですよ僕は。でもあなたのことは好きにしたい」
矢口はさらに強く赤坂を抱き締めた。
「勝手にしろ」
明日からはまた、深手を負った日本の未来のために粉骨砕身するであろう男たちのために、夜の闇はまだしばらく深い。



赤坂先生は矢口にかかずりあってちょっと人生狂っちゃった感じがいいな、と思っていて、盤石なはずだった結婚もキャリアも人脈もちょっとズレちゃったみたいな。でもきっと矢口がいない人生より矢口がいる人生のほうがずっと楽しいはず。

公式設定の資料を見て、二人のスペックの正反対さとともに、二人の共通項の崇高さに痺れまくってしまってですね・・・。この映画は二人の相反する政治との向き合い方を描きながら、それぞれの持ち場でゴジラの危機に立ち向かう中で互いを見出し、止揚して同じものを目指してゆく物語なんじゃないだろうかという電波を受信しました。腐小説としては前半だけでよくて、後半は甘ったるい蛇足なんじゃないかと思いますが、それでもこの映画について書くならこういう終わりであってほしいのです、という自己満足です。
Previous post Next post
Up