眠りは浅く、妙な夢を見ていて物音で目が覚めた時には、むしろほっとした。まだ日の出前だがもう明るい。
店で寝ている友人が起きたらしい。狭い階段を降りかけて、雷に打たれた。薄暗い店の中で男の白い全裸が
踊っている。適当に筋肉がついたバランスの取れた体。柔らかそうな体毛。私は彼の全てを脳に焼きつけた。
「絶景だな」溜息混りに呟くと彼は驚いて跳ね、服を着始めた。「タオルがなかったんだ」彼は慌てて言う。
「体を乾かす為に体操して…シャワー借りた。ありがとう」その時、彼の隣でその生涯を見続けたいと願った。

…町長さんの趣味もどうかと思います。この状況で灯台さんを生涯のパートナーとしたいと思ったらしい。
運動すれば、まあ乾くよね。

体中の痛みに寝返りを打とうとしてバランスを崩し、並べた椅子の間からズルズルと落ちた。顰めた目を薄く
開いて辺りを見回す。ここ、どこだ。夜明け前の薄明かりで古い木組の天井が見える。昔、漁師小屋だった
所を改造して居酒屋に…ああ、そうか。ここがどこか判ったので椅子を押しのけ体を引きずり立ち上がると、
外のトイレを使う。隣に簡単なシャワーもあったのでついでに借りた。水が出た。ボディシャンプーを手に取り
体を洗う。目は覚めたがタオルがない。外に脱ぎ捨てた服を持ち、急いで店に入る。誰も見てないといいが。…翌朝となりました。居酒屋のトイレとシャワーは外に後付けされてます。一旦外に出るのです。以前は２階にある設定だったのですが、変更しました。しかもシャワーには更衣室がない、いきなりシャワーボックスです。

「もう帰れ」なんだか無性に腹が立って、私は灯台職員を立ち上がらせた。お互いに酔っていて力が入らない。
戸口まで引きずると彼は「酔って運転出来ない。泊めてくれ」と言った。「だめだ」「泊まるから」押し問答の間に、
彼は店の椅子を並べ寝床を作り始めた。「ここで寝る、な？迷惑かけないよ」眉を上げて懇願する男に私はお手
上げだ。「夜中に襲うぞ」椅子の上にもぞもぞと身を横たえる彼に一応警告するが奴は「襲わないでくれ」と
眠気声で答え、すぐ眠った。私は溜息をつき、２階から毛布を下しかけてやる。奇麗な寝顔にまた溜息がでた。

…なんだかんだで仲良し。町長は翻弄されてます。メロメロです。

とりあえず町長への励ましを言ってみたが、どうという考えもなく彼のキラキラ光る青い目を見つめていると
まるで催眠術の様にふらりとお互いの顔が近づいて、もう少しでキスする所だった。が、次の瞬間仰け反る。
「すまん、そっちの力にはなれない」彼の手を握っていた手を離し、私は自分の唇に人差し指を当てた。
そしてその指を彼の唇にそっと押し当て「私はストレートなんだ」と言った。指を離すと町長は口をパクパクと
何か言いた気だったが、やがて頭を抱えて「ストレートの男がそんな事するかあ？」と呻いた。そうなのか？

…何やってんだ（笑）おっさんら。

「寂しかったな」灯台職員はテーブル越しに私の手を握った。驚いて彼の顔を見ると、どうやら本気で私に
同情しているようだ。嬉しい反面、気まずい。今の話に「この町では」と付け足さねば正確ではないからだ。
私だってまだ若い。ボストンに出ればその場限りの出会いもある。以前の失敗で恋愛には臆病になったが
彼が想像する禁欲生活ではない。だけど、今この状態はとてもいい感じなので「ありがとう」と微笑んだ。
「その、私でよければ力になるよ」それは、どう言う方向で？私は彼の真剣な深い緑色の瞳を覗き込んだ。

…コメディなのかどうなのか、とにかくこの人達の会話はなんかずれてる。
町長は意外とちゃっかりしているのでした。

なんと彼は、小さなコミュニティだが選挙で選ばれた本当の町長だった。ＮＹから来てすぐ店を始めて、皆に ( Read more... )

雨は店の屋根を激しく叩いた。私達は着ていた雨具を店内に干し、台所で釣果を捌いた。タラ、小さいカレイ。
「釣りは下手だけど」と言いつつ灯台職員は魚を下ろし、フライにした。私は酒を用意した。山盛りのフライは
美味かった。「巡視船勤務が長かった。料理当番の時はいつもこれさ」自分で釣ったタラを頬張ってる彼の
笑顔は私の心を直撃する。エビの時もそうだったな。ホントに幸せそうに食べるんだ。「ところで」油のついた
指を舐めながら彼が言う。「…なんで町長って渾名なんだ？」私は危なく口に含んだジンを噴出す所だった。

…灯台さん、まだ町長が渾名だと思ってたんだな。知り合って４日目ですか。知らない事ばかりだ。
でも、初めて会ってもずっと前から知っている気持ちになることは、たまにあるよね。不思議。

先日釣った場所に陣取って釣り糸を垂れ町長を待つ。居酒屋の灯が消え、人影が埠頭を歩いて来るのが
何故か嬉しかった。波は徐々に高まっている。町長は来るなり「移動だ」と言い荷物を担いで場所を変えた。
自然の岩礁を利用した埠頭の隅で、彼の指示どおり静かに仕掛けを下すとすぐに当りが来た。「ゆっくり」
リールを巻上げると、外海にいる筈の大きなタラが釣れた。「な？」町長は自分が釣ったみたいに笑った。
「嵐の前、魚達は波を避けてここに溜まるんだ」雨が大粒になる頃、私達は釣りをやめ居酒屋に戻った。

…夜釣り。灯台さんは釣り初心者なので、ベテラン釣り師町長の言いなりに釣ってます。
港でタラがほんとに釣れるのかどうかわかりません（笑）本当は比較的深海の魚。イカの夜釣りに使う疑似餌が奇麗なんですよ。

普段は夕食を取る客で賑わう時間なのに、一雨来そうな空模様の為か店は空いている。今日の手伝いは
テキパキ客をこなすリサだ。彼女が厨房の私に「来てるわよ」と声をかけた。はっとしてフライパンを放り出し
店に出ると灯台職員が釣りの支度をして立っていた。「やあ」照れたような眩しい顔をして、でも普段通りの
声で彼は私に挨拶をした。来てくれた。「町長、焦げてる！」と奥から呼ばれ、私は慌てて厨房へ戻り料理を
続けながら「先に釣っててくれ！」と叫んだ。「了解」店を出る彼の背を見送り「いい男ねえ」とリサが言った。

…久しぶり、灯台の人と町長のお話です。「ゲイなんだ」とカムアウトしたのは前の晩で、町長は灯台さんが
今夜の夜釣りに来てくれるかどうかちょっと不安だったのでした。お手伝い当番のリサはスーパー主婦です。

ここ数日続いた晴天が今日は曇空だ。気象庁から定期的に届く気象図を読む。低気圧が近づき夜半に雨。
ふっと鼻から息を漏らすと気象図をファイルに綴じ、持ち場へ戻った。港湾灯浮標の定期点検予定を組む。
町長のカムアウトには驚いたが、海洋学校の寮ではたまにあった話だな、と思い出す。先輩にアプローチを
受けた事もあったっけ。悪い気持ちはしなかった。でもそれは昔の話だし、私と彼の間には関係ない事だ。
灯台レンズの点検から戻った若手が「荒れて来ました」と海を指した。今夜も釣果は期待できそうにない。

…灯台職員さんは町長みたいにはグルグルしてません。てか、まあ、昔ちょっとその方向で浮いた話も
ないでもなかった気配。はっきり言わないのでよくわかりませんが気軽な雰囲気で。